第6話 訪問者と別れ
「ブ、ブーン、ブブブ、ブー、ブン。」
「○◆×、□※◎△%、&▼」
全身に甲冑を着込んだ謎の訪問者は若い女性の声をしている。何語を話しているのか、まったく聞き覚えがないが、人間だろ、これは。
黒ケープは女性を中に招かずに、玄関先で話し込んでいる。互いに警戒しているように思える。女性の語気は荒く、喧嘩腰だ。しばらく沈黙が訪れた後、女性が甲冑の頭を外した。
麦の穂のような黄金の髪をお団子に結い上げている。目は黒目の部分がかなり大きい。目鼻立ちはくっきりしていて、かなりの美人である。十代半ばだろうか。当然、角なんて生えていない。あれで人間じゃなけりゃ、オレも人間じゃない。
「マジか。話したいんだけど。出してよ」
この部屋の開け方が分からない。扉は自動ドアの類なのだが、魔法で開け閉めしているのか、オレには開けられたためしがない。
黒ケープは女性の姿を見て、しきりに翅を震わせている。驚いているみたいだ。黒ケープはオレの方をチラッと見た。小さい目だけ視線を動かして。そんな器用なことができたのか。女性も目線を動かした。バレとるやないかい!
「#●@☆!Δ*□!」
女性が家の中に入ってきた。黒ケープは女性を止めようとする。女性はそれを払い除けたが、黒ケープはなおも食い下がる。遂に刃物を取り出した。ヤバい雰囲気だ。命知らずだな、あの女性。大丈夫か?
女性は見るからに殺気立ったかと思うと、剣を抜いた。……は?
「あの人、何して……」
次の瞬間、剣から黒ケープに向けて何かが発せられ、黒ケープは握っていた刃物を取り落とした。二人は何か言い合ったが、女性が引き下がる様子はない。黒ケープは四本の腕で武器を取った。速い。
「嘘だろ!?」
先に斬りかかったのは黒ケープだった。やはり尋常じゃない速さだ。棚が壊れて倒れる音が響く。よく見たら、微かに角が光っている。やりすぎ、やりすぎ。甲冑ごとスクラップにでもする気か?オレは女性が心配になった。姿が見えない。どうなった?
大きな物音と共に黒ケープの右半身が消し飛んだ。削れた部分からは、灰色の霧のようなものが出ている。霧の向こうには、女性が剣を構えて立っていた。傷を負っている様子は、ない。
「そんな……」
黒ケープの角が強く光り、なくなった半身が再生された。二人は互いに睨み合い、同時に飛び掛かった。武器がぶつかる余波で家が荒れていく。目で追うのもやっとだ。女性は四本の腕から繰り出される攻撃を剣一本でいなし、剣から火や氷を放って黒ケープの身体を吹き飛ばしている。黒ケープは再生し続けているが、女性に攻撃が当たらない。
何とかしないと!このままじゃ死んじゃう!オレは扉を叩くが、開く気配がない。助けに行かせてくれ!
『献身の発動条件が満たされた』
オレは死闘を見て逡巡した。女性がオレのいる扉に向かって光線を放ち、轟音が響いた。扉からは黒ケープの背中が見えた。腹に風穴が開いている。バカ!この部屋を庇ったな!再生するスピードもゆっくりになってきている。
「献身を……発動する」
『献身が発動した』
以前発動したときより強い力を感じる。オレは深呼吸すると、助走をつけて扉を蹴飛ばした。バキッという音が響き、扉は歪んで吹っ飛んでいった。あれ、黒ケープ、扉の前にいなかったっけ?生きてるか?
「ブーンブン、ブブ、ブブブブ」
「◇$¥●!」
よかった。無事か。オレは黒ケープの前に立ち、女性に向き合った。女性は驚いたように目を円くしている。
「初めまして。失礼ながら、貴方は人間ですか?」
「∴#■、◎*!」
「ブブブ」
分からん!どないせえっちゅうねん!
「何があったか知らないが、突然の訪問に家主への攻撃、無礼ではありませんか?武器を納めて頂きたい」
オレはジェスチャーで武器を下ろすよう合図した。意図は伝わったようだが、女性はまだ警戒している。
「Ψ※◆!◎%……」
女性はオレに近付いてきた。黒ケープがオレの首根っこを掴んで、後ろに下がらせた。再び争いそうだ。いくらスキルを発動させても、彼らの戦いに割って入ることはできそうにない。どうしよう。
ピッという電子音が聞こえた。何だよ、こんな時に。今はいいよ。この客は薬を買いに来たんじゃないんだから。
オレはハッとした。あの薬は、オレの血で作ったやつだ。ということは、今こそ使えるんじゃないか?
「これ、使って!」
オレは黒ケープに薬の瓶を投げつけた。黒ケープは一本の腕で薬瓶を掴み、中身を飲み干した。黒ケープの角が強く光った。黒ケープの一撃で女性の身体が吹っ飛ばされたかと思うと、壁が崩れ去った。女性は血を吐いて膝をついている。
黒ケープは女性を追撃しようとした。女性は剣を杖代わりに立ち上がり、迫りくるドリルに向かって剣を振り上げた。黒ケープの武器が女性に届く前に、彼の頭が真っ二つに斬り上げられた。灰色の霧が零れ、止まらない。角が斬られている。角の中には、半透明なぶよぶよとした幼虫のようなものが何十匹も入っていた。今は黄色い体液を撒き散らして動かない。
「しっかりしろ!」
オレは黒ケープに駆け寄った。傷が治る様子はない。角が斬られたから?
「手当ては、どうしたらいい?」
玄関の扉が開く音がした。見ると、女性が身体を引きずるようにして外に逃げ出していた。構っている暇はない。というより、玄関の扉が閉まった今、オレには扉を開けようがない。黒ケープに視線を戻すと、彼はゆっくりと首を横に振った。
「包帯、持ってくる」
黒ケープは行かないでと言いたそうに俺の学ランの裾を掴んだ。ああ、そんな顔、しないで。分かってるよ、オレだって。頭が真っ二つになって治らないんじゃあ、もう……。
「オレのせいだ。余計なことをしたから……」
涙が頬を伝っていく。黒ケープはオレの頬から涙を拭った。最初に出会った時には、彼の死に涙することになるとは思いもしなかった。
「今までありがとう。多分、オレもすぐそっちに行くことになるよ。……お休み」
黒ケープは四つの目を閉じた。そして、二度とその瞼を開くことはなかった。
【作者のメモ】
・黒ケープと女性は会話することができている。ちなみに、女性は人間と同じように口で言語を発している
・黒ケープは夜が危険なものに触れないよう、扉を開けられないようにしていた




