第5話 綱渡りの生活
はーい!この世界でただ一人の人間、馬上夜くんだよー!異形のお兄さんと、ジェスチャー、絵スチャーゲームで楽しくお遊戯してまーす。
あれからおよそ二十日間、がんばって黒ケープに色々と伝えようとしても、半分も伝わらない。ちょっとしたことでオレは怪我や病気が絶えず、懸命に不調を訴えては治してもらう日々が続く。あまりに綱渡りの日々。異種族友好が解けた瞬間、オレは彼の胃袋の中かもしれない。
頭がヘンになるわ!こんな状況!
「過酷すぎるぜ。この世界」
オレは窓の外を眺めた。緑色の空に浮かぶのは、小さな二つの太陽。少しだけ外出してみたが、昼間は灼熱、夜は極寒。ちなみに一日は体感十二時間ほど。辺りは珍妙な生き物だらけ。容赦なく魔法を撃ってくる。植物かと思えば動くし、水たまりは靴を溶かす。近くに家はあるが、住民は軒並み角の生えた化物。逃げ出そうにも逃げようがない。オレは諦めて黒ケープに養ってもらっている。
黒ケープのお下がりと思われる服を着て、食事やシャワー、ベッドも揃えてもらっている。室内でもオレにとって暮らしやすい環境とは言い難いので、定期的に黒ケープがオレの体調を整えてくれている。
黒ケープが帰ってきた。オレは出迎えに行った。
「ルーチェの情報、あった?」
オレはルーチェの絵を見せる。黒ケープは首を横に振る。オレは肩を落とした。
無事だよな?会えなくてもいいから、ただ生きていて欲しい。誰か親切なヒトが拾ってくれていたらいいんだけど。
黒ケープは食事のジェスチャーをした。オレは食卓に向かう。今日も赤いパンだ。オレの分は二個、彼は一個。最初に来た時より、かなり量が減ったが、もうオレは食べ物で体調を崩さなくなった。それに引き換え、彼はどうも痩せたように思える。足取りもふらつくことがある。それでも、オレに少しでも多く食べさせようとしてくれる。
「オレ、一個でいい。食べて」
パンを差し出しても、やはり断られた。このままじゃダメだ。オレは前々から考えていたことを伝えようと、絵を描き始めた。黒ケープの似顔絵からオレの似顔絵に向かって矢印を描き、その上にパンを描く。
「貴方はオレの身の回りの世話をしてくれるでしょ?いつもありがとう」
今度はオレの似顔絵から黒ケープの似顔絵に向かって矢印を描き、その下に血を描く。
「オレも貴方に何かしてあげたいんだけど、これしか思いつかないんだよね。オレの血、使い道があるんでしょ。採血して加工した薬みたいなヤツ、誰かに売り込んで良い値段になったみたいじゃないか」
数日前、この家に客が訪れた。オレは奥の部屋に押し込まれた。多分マジックミラーのようになっていて、外の様子がよく見えた。客は光っていて、姿がよく見えなかったけど。
黒ケープはオレの血から作った薬を見せて客に説明していた。黒ケープが試しに一滴飲んで魔法を実演したら、相手が激しく明滅し始めた。その後、相手も薬を飲んでみて、火柱を出していた。結局、薬は売れたようだし、その日の食事は豪華になった。
オレの血には魔法を強くする効果でもあるのか?その取り引きを見て、オレは血を取られるだろうと覚悟したが、その後採血されることはなかった。眠っている間に何かされた様子もない。
「血、あげる」
オレは採血に使った機器とオレを指さした。黒ケープはブンブンと首を横に振る。
でも、このまま彼の厚意に甘え続けるのはよくない。彼はオレを養えるほど豊かではないようだし、よくて捨てられるか殺される。悪ければ共倒れになる未来が見える。とは言え、オレはこの世界ではミジンコ以下。力仕事などとてもとても……。せめて血でも提供するしか存在意義がない。
「見かけによらず、良いヒトだよね、貴方」
人間がどのくらいの出血で死ぬか分からないのかな。オレは手近にあったメスのようなものを手に取った。左手首に当てて引こうと思ったが、黒ケープに止められた。動きは俊敏だし、力は強い。人間の力じゃどうにもならない。
「オレの世話をしてくれるのは、あのスキルのせいでしょ。こんなかわいくもないペット、生活苦の貴方が養う必要なんてないもの!そりゃ、何もしなくてもおいしいご飯が出てくる生活を夢見たことはあるよ?でも、ヒトを操って無理させるのはさ、違うじゃん!」
これが金持ちだったら、オレは全く心を痛めないどころか、上手いこと騙して本格的に人間探しをさせていたことだろう。オレは別に聖人じゃない。何せ二十日間は、黒ケープの見た目にビビり、いつ食べられるかと怯えながら世話を焼かれっぱなしである。相手の気持ちも立場も考えずに。我ながらいい性格だ。
「せめてこのくらいの恩返しはさせてくれ」
黒ケープの力は強い。メスは取り上げられてしまった。オレを抱えて奥の部屋に運ぼうとしている。どうにか恩返しがしたいのに!
『献身の発動条件が満たされた』
献身……?もう一つのスキルか。効果が分からないけど、発動してみるか。
『献身が発動した』
身体に力がみなぎってきた。オレは黒ケープの腕の中で藻掻いた。さっきまで手も足も出なかったのに、信じられないくらいの力が出て、黒ケープの腕から抜け出せた。黒ケープの手より俊敏に動き、メスを手に入れた。オリンピック級の華麗な動きだ。止められる前に左手首を切る。ちょっと深すぎたようで、だらだら血が垂れる。わーお。やりすぎたね。黒ケープは翅を鳴らしながら大慌てで駆け付ける。
「大丈夫。このくらいなんてことないから。使ってよ、ね?」
黒ケープの角が光った。痛みはなくなったが、血は止まらない。黒ケープは手首の切り傷に機器を取り付けた。血が抜かれていく。黒ケープはオレの頭をそっと撫でている。しばらくして機器を外し、怪我を治してからオレを奥の部屋に押し込んだ。お客が来たらしい。めずらしいな。
マジックミラー越しに見えたのは、全身甲冑だった。中世の甲冑にそっくりだ。今まで見た中で一番人間らしい。まさか、人間なのか?
【作者のメモ】
・夜は黒ケープの言語を全く覚えられていない
・黒ケープの家は住居兼作業場となっている。地下には研究施設があるが、夜はそのことを知らない




