第50話 神様の導き
「お気付きになりまして?危ないところでしたわね」
優しい声に目を開けると、亜麻色のうねる長髪に深緑色の優しそうな目、ギリシャ神話に登場する女神のような装いの美女が立っていた。ガイア様だ。
ハッと辺りを見渡すと、見覚えのある真っ白な空間に、オレとガイア様と、金色の髪に黒い目の少女が二人立っていた。一人は肌が焼け爛れて荒々しい表情をしており、もう一人は少し大人びていて穏やかな表情をしている。焼け爛れた肌の少女の手には聖剣が握られている。
オレは慌ててガイア様に首を垂れた。
「初めまして。ガイアと申しますわ。ご自分のこと、思い出しましたか?」
ガイア様はアルバの姉に見える女性に声を掛けた。
「初めまして。ステラと言います。思い出したも何も……。あらまあ、魔物にやられて死んじゃったのかしら?アルバに待っててねって言われたのに、困っちゃうわあ」
ステラは頬に手を当て、のんびりと言った。隣にいるよ、貴方の娘のアルバ。
「お、お母さん?」
アルバの声は掠れている。ステラはアルバに気付くと、パッと顔を輝かせた。全力でアルバを抱き締めて頭を撫でる。
「あらアルバ!まあまあ、酷い怪我じゃない。大変だったのねえ」
「お母さん!う、うわあああぁぁぁぁ!!!」
アルバは激しく泣きじゃくっている。オレはガイア様を横目で見た。ガイア様は目が合うと、ニコッと微笑む。オレは慌てて頭を下げた。
「オレたちは、死んだのですか?」
「いいえ。お三方ともご無事ですわ。元に戻す時も配慮しますからご安心を。わたくしが勝手にお呼び立てしたのですもの、無責任な真似は致しませんわ」
ガイア様は上品に微笑んでいる。
「オレたちを何度も救って頂き、お礼の申し上げようもございません。今回も、危ないところを全員救って頂いて、どうやってこの御恩に、御慈悲に報いればよいやら……」
「供物をちょうど頂き終わりましたの」
「はい?」
「ハー○ンダッツ、美味しかったですわ。死後未練が残るほどのものをわたくしに捧げてくださったのですもの、早急にお礼を申し上げねばならないと思いまして、無理にお呼び立てしてしまいましたのよ。ご無礼をお許しくださるかしら、お三方?」
ああ、そういうことにして下さるのか。あくまでオレらを助けるためではなく、ご自分の都合だと。なんとお情け深い。
「どういうこと?」
「あらあら、おじさま。おじさまもお亡くなりになったの?」
アルバとステラがこちらに注目した。覚えていてくれたんだな、ステラ。
「残念ながら、まだ姉貴には会えそうもない。時間がないと思うから手短に言うぞ。ステラは千年前、魔物に襲われて仮死状態になったんだ。魔龍は危機が迫ると仮死状態になって耐える場合がある。ステラも姉貴からその体質を受け継いでいたんだろう。仮死状態になったステラは人間に囚われた。アルバはステラが死んでしまったと思い込んでいたんだ」
アルバが息を呑んだ。
「勇者アルバがこの世界から消えた後、アルバの姉と思われていたステラのクローンが生み出された。魔龍を従えることのできるクローンは量産され、人間に利用され続けてきた。ステラは眠らされたまま。でも、ガイア様のおかげでアルバはこの世界に戻ってきたし、ステラも仮死状態から目覚めた。全部やり直せるんだよ、アルバ、ステラ」
ステラとアルバは互いに顔を見合わせた。ガイア様は黙って見守ってくださっている。
「お母さんが、生きてた?わたしはそうとも知らずにあんなことを——」
「あらあら、千年も眠っていたなんて、お母さん、とんだお寝坊さんだわ」
ステラは変わらないな。天然に見えて、なかなか芯の強い人間だ。アルバはステラから離れ、ふるふると首を横に振った。
「でも、もうやり直せっこない。たくさんの人を殺しちゃったから、お母さんの隣になんていられない!」
「大丈夫だよ、アルバ。新魔王フローラに話しをつけて——」
「そうじゃない!お母さん、ごめんなさい!」
アルバが座り込んで泣きじゃくる姿は、十代半ばの少女にしか見えなかった。鬼気迫る顔で剣を振って、ヒトを虐殺した戦士の面影は、そこには残っていなかった。
「ステラのことを守ってあげられるのは、アルバだけだ。アルバ、決心してくれ」
アルバは震えている。血に塗れた己の手をじっと見つめながら。
「アルバ、ごめんなさいね。寂しい思いをさせてしまって。お母さんにチャンスをちょうだい。今度こそアルバを幸せにしてみせるわ」
「違うの、お母さん。わたし、人をたくさん殺しちゃったの。幸せになる資格なんてないよ。それに、もうお母さんと過ごした世界はどこにもない。醜い化物が魔龍の力を奪い取って生きている世界なんて——」
「あら、それは楽しみね」
ステラは朗らかに笑っている。
「え?」
「見たことのない生き物がいるんでしょ?会ってみたいわあ」
「いや、そういう話しじゃ——」
「それに、お母さんもアルバもまだまだ生きられるわ。たくさんの人を殺してしまったとしても、その分たくさんの人を幸せにすればいいじゃないの」
ステラはいつもの調子で述べるが、後ろに隠した手が微かに震えている。母は強しというわけか。ステラが生きていてくれて本当に良かった。
「決まりだな、アルバ。向こうに戻ったら降伏してくれ。悪いようにはしない」
「分かった。あの……」
アルバはもじもじとしながら言った。
「ごめんなさい。そして、ありがとう」
「素直に謝れて偉いな。向こうで他の人にも謝るんだぞ」
「うん。ガイア様、ありがとうございます」
オレたち三人は深々と頭を下げた。ガイア様は上品に微笑んでいる。
「何のことでしょう?それより皆様、お気をつけて」
ガイア様の声が遠のいていく。何かに引っ張られるような感覚がして、オレの意識は暗転した。
【作者のメモ】
・ガイアは地球の神なので、自分から他の世界の者に干渉できない。そのため、地球にいる間に捧げられた供物に対する返礼という建前を掲げている
・ノッテが魔王血珠を使った時、所有権は仮死状態であるステラではなく、アルバに移った。ステラのクローンが活動できる状態になったことで、所有権が移っている。なお、管理人は自分たちがアルバのクローンだと勘違いしている




