第44話 アルバとノッテ
「ねえ、わたしのこと、思い出した?」
アルバが石盤を読んでいるオレに話し掛けてきた。オレは人間姿になって、アルバの頬に触れた。温かい。
「オレとアルバが戦って、オレが死んだ後、何があったんだ?」
「いやあ、びっくりしたよ!目の前で魔王が突然消えるし、魔龍はわたしに対する攻撃をやめちゃうし。混乱したけど、きみが持っていた赤い珠が原因だということと、それがわたしのものになったこと、魔龍たちに命と引き換えに何でも命令できることが分かったんだ。だからね、すぐにこう願ったの」
アルバは手を組んで目を瞑り、言葉を続けた。
「今後、人間を傷付けるな」
アルバは目を開けた。
「それでわたしは死んじゃった」
オレは絶句した。その命令が発動したことで、魔龍は人間を傷付けることができなくなり、人間に絶滅寸前まで追い込まれたんだ。生き残った魔龍はアルバのクローンの命令に背けず、魔法蟲の苗床とされ続けた。全てオレの責任だ。
「アルバの母親はステラという名前だよね」
「あれ、わたしお母さんのこと言ったっけ?」
「貴方と同じ、金色の髪と黒い目をしている?」
「え、うん。わたしの姉に間違われるくらい似てたよ」
姉貴の娘は魔龍と人間のハーフでありながら、人間と変わらないと思われていた。でも、人間よりずっと寿命が長かったんだ。そして、彼女の娘、つまり姉貴の孫娘アルバは、人間離れした身体能力を持っていた。魔王血珠は使用者が死ぬと、最も近い血族に所有権が移る。独身だったオレにとって、最も近い血族は姉貴の孫、アルバだったのか。
「赦してくれ……」
オレは顔を伏せ、誰にともなく呟いた。人間にも魔龍にもオレは怨まれて当然だ。歴史に名を遺す巨悪だった。
「ガイア様のことは覚えてる?」
「ああ。オレたちの死後、この世界から消えかかっている時に、姉貴のスキル、加護が発動した。魔王血珠の呪いに抗って、消滅ではなく、別世界への転移を引き起こした。次元の狭間で不安定な状態だったオレたちを憐れんで、ガイア様が地球へと転生させてくださったんだったな。それだけでなく、千年経って呪いが消滅した時に、元の世界へと帰してくださった。あのお方には感謝してもしきれない」
オレは地球からの転生時の無礼を思い出して歯噛みした。記憶があれば、土下座して謝意を述べたのに!
「わたしはね、自分の力の秘密について教えてもらったんだ。おばあちゃんが魔龍で、わたしはその力を強く継いだんだって。おばあちゃんのことを詳しく聞いたら、魔法蟲を植え付けられて衰弱死しちゃったことも教えてくれたよ」
そんなことまで分かるのか。流石は神様だ。
「地球には十六年しかいなかったのに、こっちはあれから千年経っててびっくりだよ。でも、無事に帰ってこれて良かった、良かった」
アルバは手を叩いた。
「お腹空いたんじゃない?舟盛りでも食べながら話そうよ!」
「オレの好物なんて、どうやって知ったの?」
「あ、勝手に読むつもりはなかったんだよ?たまたま手に取ったのが、舟盛りのレシピだったから、全部レシピ本だと思っちゃって。日記だったんだね」
さてはアルバ、あまりノッテのことを知らないままだな?
アルバは舟盛りを持ってきた。人間姿だと毒になるものも含まれていたため、オレは魔龍姿で御馳走を堪能した。磯の香りと濃厚な旨味、良質な脂に芳醇な苦み、オレは舌鼓を打った。
「アルバ、貴方はこれからどうするつもりだ?」
「人間を滅ぼそっかなって」
オレは耳を疑った。
「今、何て?」
「だ~か~ら~、人間、滅ぼしちゃおって思ってる」
「どうして?」
アルバは唇をゆがめた。
「一番は、わたしのクローンを勝手に作って、人権を無視した扱いをし続けていることかな。後は、魔龍に対する非道な仕打ちと、化物みたいな見た目も許せない。あんなの、もう人間じゃない。わたしも四分の一は人間じゃないみたいだし、おばあちゃんが非業の死を遂げたのも魔法蟲を植え付けた人間のせい。お母さんも不老だからって気味悪がられて閉じ込められて、魔物が町を襲った時に逃げられもせず殺された。滅ぼして当然じゃなあい?」
姉貴に似た美しい顔が悪意に歪むのを見て、オレは胃が捻じられるような感覚を覚えた。そんな残忍なこと、口にして欲しくなかった。人間を滅ぼそうとした挙句、大惨事を引き起こしたオレが言えたことじゃないが、彼女には人の道を外れてほしくなかった。姉貴が幸せを願った人物だ。日の当たる道を歩いて欲しい。姉貴を幸せにできなかった分、幸せにしてあげたい。
「協力、してくれる?魔王様」
アルバは右手を差し伸べてきた。オレは首を横に振った。
「あれ?魔王様とは手を組めると思ったんだけどな?」
「止めた方がいいよ、アルバ。きっと後悔する。せっかく生まれ変わったんだから、自由に生きて幸せに——」
アルバの攻撃をオレは全力で躱した。石盤がいくつか砕ける音がした。
「魔王様、わたしは慰めてほしかったわけじゃないの。知りもしないくせに適当なことを言われると虫唾が走っちゃう」
聖剣が鞘から引き抜かれた。オレは逆鱗に触れたらしい。
「ま、いっか。わたしは人間を滅ぼすから、余計なことしないで。これなら良くない?」
「そもそも、そんなことできるのか?」
「分かってないなあ、もう」
アルバは飛び上がり、オレの鼻先に立って眉間に聖剣を突き付けた。
「わたしが途中で死のうが何しようが、黙ってろっつってんの。分かれよ」
アルバの真っ黒な目には光が宿っていなかった。あー、ヤバい。
「流石にそんな自暴自棄になっているのは見過ごせないなあ」
「は?どうしてきみにそんなこと言われなきゃならないの?」
オレの姉貴の孫だなんて言っても仕方ないだろう。オレは黙ってアルバを振り下ろした。アルバは猫のように軽やかに着地した。
「めんどくさ。じゃあきみから殺すよ、魔王様」
アルバは聖剣を構えた。あの姉貴の孫が、愛犬ルーチェが、とんだ不良娘になったもんだ!
【作者のメモ】
・魔龍の血が入った人間が人間離れした強さを見せたことを受けて、富裕層を中心にゲノム編集を行って勇者の力を手に入れようとする人間が増加した
・アルバは地球に転生する際に、ガイアから自分の出生の秘密を聞き出した。その後、転生体を決める時にはすっかり人間嫌いになっていて、ガイアに色々と勧められた中でゴールデンレトリバーを選んだ




