第43話 勇者と魔王
その日、たかが半日ほどで一つの町が壊滅した。実に簡単だった。拍子抜けするほどに。血と生き物の焼ける臭いの方が長く残って辛かった。オレは人間に姿を変え、配下に守らせた地下街に戻った。姉貴は半日前と同じ姿で横たわっていた。
「姉貴、もう大丈夫だ。家に帰ろう。誰にも邪魔されることはないよ」
姉貴を守っていた魔龍が俯いた。
「……姉貴?」
姉貴の目は真っ黒で、闇より暗かった。オレはがくりと膝をついた。耳を塞ぎ、頭を振った。受け入れたくなかった。認めたくなかった。悔悟を、愛情を、苦痛を、喪失を。
その日が悪名高い魔王ノッテの生まれた呪わしい日になった。
「人間を滅ぼそう」
オレは魔龍たちに告げた。魔龍たちにどよめきが走った。
「全面戦争というわけですか?」
「そうだ」
「犠牲ばかり大きく、旨味のない戦争ですな」
その通りだ。人間の居住域は魔素濃度があまりに低く、魔龍の生存には適さない。その場所の生き物に擬態すれば生活できるようになるが、そこまでして住みたいと思えない。
「報復すると決めたら、徹底的にやらなければ意味がない。その労力を惜しんで奴らの暴虐を看過してしまえば、奴らはじわじわと力をつけ、オレらを蝕み、蔓延ってゆくことだろう」
オレは無慈悲に淡々と述べた。美しくも儚い人間を愛していた時の記憶、そんな遥か昔の感情など、魔龍であるオレは欠片も覚えていなかった。
「さあ、毒草の芽を摘もうじゃないか」
犠牲者の家族を中心に、オレに対する賛同の声は大きくなり、オレは人間に対して魔龍の王として宣戦布告を行った。オレは異種族友好のスキルを駆使して魔物も配下に加え、家族を守るという気持ちを利用して兵士たちに献身のスキルをかけて能力を底上げした。魔力を目一杯使っている状態で魔力切れが酷かったので、オレは魔王城に引っ込んでいた。勝てないはずのない戦いだった。
最初は順調に勝利を収めていた。人間の町がいくつも壊滅した。そんな中、五名の人間が無謀にも魔王城に向かって歩を進めていた。中でも、甲冑に身を包んだ人間は魔龍すら圧倒するほど強く、魔王城が攻め込まれるのも時間の問題と思われた。その人間は勇者アルバと名乗っていると報告を受けた。
「進軍を止めてくれ。オレが直々に勇者の相手をする。オレの魔力が回復するまでの間、時間稼ぎをしてくれないか?」
「仰せのままに」
オレは魔王軍にかけ続けていたスキルを解いた。オレの魔力が全回復する頃に勇者一行はオレのところに辿り着いていた。時間稼ぎは一応成功したらしい。
「よく来たな、勇者アルバ」
「魔王ノッテ、何のためにわたしたちを滅ぼそうとしているんだ?」
「正式に宣戦布告をしたはずだけど、貴方は義勇兵なのかな。まあいい。簡潔に言えば、魔龍を捕らえて人間が魔法を使えるようにするための実験台とされたからだ」
アルバの表情は甲冑に隠れて見えなかったが、声から十代半ばの少女だと分かった。
「関係ない人間まで殺す理由は?」
「同胞を助けようと思って、既に人間を殺してしまった。徹底的に戦わないと、報復されるだろう」
「話し合いの余地は?」
オレはアルバが本気で言っているのか疑ったが、相手が少女だということを思い出して真面目に答えることにした。
「対等な相手との揉め事だったら、オレも話し合いで解決するよ。でも、人間たちは魔龍を実験台にしたことに対する償いとして、オレたちに何を差し出せるの?魔龍にとって何も価値あるものを持っていないのに」
「責任者の死では償いにならないと?」
オレはアルバにとって分かりやすく説明するために考え込んだ。
「例えば、人間並みに頭のいい寄生蜂がいたとして、その蜂が人間に卵を産みつけたら他の生き物に卵を産むよりも、無事に幼虫が育つと気付いてしまったと考えてみて。その気付きを仲間のどの蜂に伝えたのか分からない。話しは通じるとしても、全ての蜂を叩き潰しておきたくない?」
アルバは答えなかった。結構良いたとえだと思ったんだけど。
「他に聞きたいことがなければ、戦いを始めてもいいかな?」
「望むところだ」
勇者一行は武器を構えた。
「異種族友好!」
勇者に同行していた四人はスキルにかかったことが分かった。しかし、勇者にかけたスキルは失敗した感覚があった。かかり切っていないような、妙な感じだ。
「みんな、どうしたの?」
アルバは剣を抜き放った。刀身が輝いている。
「みんなに何をした!?」
「オレに対する敵意がなくなっただけだよ」
「それなら、わたしが一人で倒してやる!」
アルバの動きは人間のものではなかった。魔法を使っているようには見えなかったが、人間より遥かに速く、頑強で、膂力も体力もあった。そして、剣は易々とオレの鱗を斬り裂いた。上空から岩に叩きつけられても傷一つ付かない鱗を。オレとアルバは互いに爪と剣で斬り合い続けた。血が流れ、骨が折れても、アルバの闘志は消えなかった。それはオレも同様だが。
「魔王様!」
気付けば配下の魔龍がやってきていた。
「魔王様から離れろ!」
配下の一撃は、アルバの頭に命中した。甲冑が割れてその顔が露わになる。金色の髪と黒い目が見えた時、オレは全てを悟った。
アルバは倒れた。配下はその身体を踏みつけた。体重を乗せた一撃に、流石の彼女も呻いた。配下は口を開け、その身体に噛みつこうと——。
「やめろ!」
「え、魔王様、どうしてですか?」
「彼女だけは殺すな」
「しかし、禍根を残すなと仰ったのは魔王様です。これほど強い人間、生かしておいては——」
そうこうしているうちに、さらに多くの配下が現れた。このままだとアルバは助からない。オレは思わず魔王血珠を握り締めた。
「決して勇者アルバを傷付けるな!」
それが、魔王ノッテの最期の言葉になった。
【作者のメモ】
・魔素濃度がかなり高い魔王城でまともに動ける人間が五名しかいなかったため、五名で戦うことになった
・ノッテとアルバが死闘を繰り広げている間、アルバの仲間はその場に立ち尽くすしかなかった




