第42話 大戦の幕開け
最初の異変は魔龍の子どもや卵、病気や怪我で弱っている者が行方不明になったことだった。それが人間の仕業だと分かると、被害者の家族は猛り狂って人間の村を蹂躙した。それでも、行方不明になった者たちは帰らず、数十年の歳月が流れた。行方不明になった者の数の多さに、魔龍全体が怒りを我慢できなくなった時、魔龍は王を求めるようになった。
「百歩譲ってオレが魔龍の王になるのはいいよ?その魔王血珠とかいうヤバい代物は作らなくていいんじゃない?」
名だたる魔龍たちに乞われても、オレはすぐ首を縦には振らなかった。
「魔龍が一堂に会して、一頭でも裏切者が出るとみんな死にますじゃ。最も力ある一頭が他の魔龍に対して絶対的な優位性を保った方がかえって安全というもの。ご賢察くだされい」
魔龍が全力で殺し合いをすると、辺り一帯が吹き飛んでぺんぺん草も生えなくなる。彼らの言葉には一理あった。
「オレには他人の上に立つ器がないよ。強さにこだわらず適任者を見つけてくれ。オレはその魔龍に従うから」
「では問いますが、もし王が暴走して他者を虐げ始めたらいかがしますかのう?」
「その時はオレが命懸けで止めてやるよ」
象牙色の頭が満足そうに頷いた。
「魔王が暴君とならないよう、魔王血珠には呪いを付与しますじゃ。血を捧げた魔龍に対して絶対的に命令に従わせる代わりに、その力を一度使うと、世界から消え失せるように。魔王血珠は使用者の最も近い血族に所有権が移るようにいたしましょうぞ。いかがか?」
今にして思えば使えば消えるとはいえ、使用のハードルが低すぎると思うが、当時は思い至らなかった。魔法があるこの世界において、死者が生者に干渉することはままある。対話したり、姿を現したりすることさえ珍しくもない。しかし、世界から消滅すればそれすら不可能だ。代償としては充分な重さに思えた。
「良い考えだね。それなら特権を濫用されないだろう」
「それでは、貴公に魔王として即位していただきましょうかのう」
「オレは断ったつもりだったけど?」
「どう考えても、貴公以上の適任者はおりませぬじゃ。何、魔王になったとて、特段せねばならぬこともございませぬぞ。魔龍の威を人間どもに示すために、鷹揚に構えてくだされい」
オレは固辞したが、脱皮したオレの鱗を買い取って、オレ専用の魔王城が建てられた時に観念した。魔王城とは名ばかりで実態は別荘だが、ここまで尽くしてもらって無視するのも気が引けたのだ。オレの性格を利用して断りにくくしたことも全て分かった上で、オレは魔王ノッテとして即位した。
それから数年後のことだった。
「魔王様、行方不明になっていた魔龍の一頭が保護されました」
「無事だったか!」
「深刻な慢性魔力欠乏症です。残念ながら、長くはないかと」
「会わせてくれ」
オレはその魔龍に会いに行った。錆色の鱗は口と手足の周りが傷付き、剥がれていて、身体の横側は大幅に鱗を削がれた部分があった。傷口には何か異物が植えられていたかのような痕があった。幼い頃に行方不明になっていた魔龍だった。
「長年助けられなくてすまなかった。他にも同胞が苦しんでいるなら救いたい。辛いとは思うが、何か手掛かりになりそうなことはあるだろうか?」
「……魔法蟲を植えられて、魔力を吸われ続けた。他の魔龍もいた。全員に同じものが植えられている。既に死んだ者も多かった。場所は西の地下街だ。どうか、仇を……」
彼はそのまま息を引き取った。
オレは魔王城の地下にあった狂人の落書きを思い出した。人間に魔法蟲を植えることで、誰でも魔法を使えるようにする計画。そのためには魔力量の多い生き物を魔法蟲の苗床とすると良さそうであるという記述。オレは嫌悪感を隠しきれず、低く唸った。
「王都の地下街に今すぐ攻め入ろう」
「人間との全面戦争になる。ここは慎重に検討すべきだ」
魔龍の意見は割れた。
「王のご意見は?」
「まずは人間に擬態して偵察しよう。可能ならそのまま救出作戦に移行すればいい。極力魔龍の仕業だと悟られないように配慮すれば、最悪の事態は免れるはずだ」
オレの提案は多くの賛同を得た。オレは自ら斥候となることを志願した。反対派もいたが、人間社会に忍び込んで穏便に事を運ぶには、オレのスキルが最適だったため、オレの意見が通った。
オレは黒髪黒目の平凡な少年に扮して、配下を引き連れて西に向かった。姉貴から聞いていた情報をもとに、姉貴のいた村の出身者だということにして、検問はスキルと袖の下で押し通した。配下のスキルも駆使して、オレたちは地下街に侵入することに成功した。
そこは地獄だった。腐臭と死臭が鼻をつく。鎖に繋がれ、魔法蟲を植え付けられたところから生きたまま腐っている魔龍、蔓延る蟲たち、不衛生な床、飯、痛々しい爪痕。醜い死骸。
オレの目は一頭の魔龍に釘付けになっていた。黒い鱗はずるりと剥け、膿んだ傷口にたかる蟲、剥がれ落ちた爪、黄ばんで溶けた牙、濁った眼、変わり果てた姉貴の姿がそこにはあった。微かに身体が上下しているから、仮死状態になって耐えることはできなかったようだ。
「あ、姉貴?」
オレの呼び掛けに対して、姉貴は眼球だけ動かして反応した。
「ノッテ?」
「どうしてこんな……。待ってて、今解放する」
オレは鎖を外した。配下も魔龍を解放していく。姉貴は擬態するどころか、身動ぎ一つ難しそうなほど衰弱していた。
「龍脈災、あったでしょ?村を守りたくて、久々に魔物狩りをしてみたってわけ。ちゃんと勝ったのよ?疲れて倒れたところを人間に捕まっちゃったの。私の愛しい子は元気かしら?」
「確かめに行こう。二人で」
姉貴は笑おうとしたのか、ゴホゴホと血を吐いた。
「その子たちをすぐに逃がしてあげて。人間どもが来る前に。わたしを連れたら間に合わない。どの道わたしはもう駄目よ」
「嫌だ!」
オレは完全に頭に血が上っていた。先のことなど考える余裕がなかった。かくして、歴史に残る大戦が幕を開けることとなった。
【作者のメモ】
・地上最強の生物である魔龍を弱い人間が捕らえることができたのは、弱い個体を狙った数頼みの強硬策をとったためである。犠牲者は多数出たが、成果も大きかった
・魔龍は魔素濃度が低下したり低温になったりした時に、仮死状態になって耐えることがある




