第41話 姉貴の結婚
オレは石盤を手に取った。刻まれている文字は、龍文字というもので、オレが爪で彫った。そうだ。彫った記憶がある。これは全て日記だ。多分、読める。
「うわ、シャドウに手書きの日記をスキャンしてもらっちゃったよ!恥ずすぎる!データを消去してくれえ!」
オレが悶えて尻尾を振ると、アルバがニマニマと眺めていることに気付いた。
「思い出した?ねえ、思い出した?どこまで?」
「これがオレの日記だということだけ。読んだら色々と思い出せると思うよ」
「いいじゃん!きみが好きな舟盛りでも食べながら読んでみてよお。千枚鱗、岩貝、氷魚、たくさん獲ってきちゃお!」
美味しそう。アルバはスキップしながら出て行った。
オレは適当に石盤を引き抜いて読んでみた。毎日の記録ではないようで、一枚に一か月の主な出来事をまとめてあるようだ。そのまとめ方でこの量あるということは、何百歳、下手したら千歳を超えている?オレは溜息を吐いて、左上の石盤を引き抜いた。思った通り、一番古い記録のようだ。石盤を読むと、記憶も鮮明にフラッシュバックした。魔法がかかっているのか、魔龍の特性なのかは分からない。
オレの両親は高貴な魔龍だった。オレの姉とオレに対して、他者、特に他種族に敬意を持つこと、相手の文化や価値観を学んで尊重することを教えた。オレも姉貴も両親のことを尊敬していた。
姉貴はステラという名前の真っ黒な鱗を持つ美しい魔龍だ。『加護』というスキルを持っていた。ただし、それが分かったのは彼女の死後で、生前はスキルを持たない魔龍だと思われていた。そんな姉貴を馬鹿にする魔龍もいたが、彼らもオレを恐れて姉貴に手は出さなかった。オレも姉貴も、魔龍の中でも魔力量が非常に多かった。
オレは『異種族友好』、『献身』というスキルを持っていたため、姉貴を守ろうとしたら元々多い魔力量の数倍の力を発揮できる。どんな面倒な魔物もオレが吼えるとすり寄ってくる。オレは幼い頃から、魔龍たちに一目置かれていた。
姉貴は魔龍たちの中で居心地が悪かったようで、擬態して魔物や人間と関わるようになった。時にフラッといなくなって数年間帰ってこないこともあった。オレは帰ってきた姉貴が聞かせてくれる、対等な目線での魔物や人間の話しが好きだった。特に人間は美しく、儚く、賢くて、オレも姉貴も愛してやまなかった。姉貴は気ままに千年ほど過ごしていた。オレも姉貴も思春期に差し掛かっていた。
「好きな人ができたの。近々結婚するつもり」
そう言った時のはにかむような姉貴の横顔が忘れられない。涼やかな風の吹く夜の湖だった。
「おめでとう。相手はどんな人?」
尋ねた時には返答に確証があった。いつも話に出てくる、陽だまりに咲く花のような人間の青年だと。金色の髪と目をした、穏やかな性格の好青年だ。名前は——。
「グロウよ」
「良かったね。グロウは姉貴が魔龍だってことは……」
「知ってる。本当の姿も見せた。かっこいいって褒めてくれたの」
肝が据わってるなあと感心しつつ、オレは姉貴とグロウの結婚を祝福した。姉貴に似せた黒髪黒目の人間姿で弟として結婚式に出席までした。両親と共に。魔龍が他種族と結婚するのはかなり珍しい。姉貴はグロウ以外にはほとんど正体を明かさなかったようだ。
両親はそれ以来、姉貴に会いに行かなかったが、オレは数年ごとに人間姿で遊びに行って集めた光り物を贈っていた。本当は不安だった。異種族婚なんて上手くいかないのではないかと思って。でも、会うたびに姉貴は幸せそうになって、オレは羨望の眼差しで姉貴夫婦を見ていた。
ちなみに、オレは生涯所帯を持たなかった。理由を一言でいうと、強すぎたためだ。魔龍の社会では一般に女性の方が男性より強い傾向にあり、女性側が男性に勝負を挑んで勝つことが結婚の申し込みとなる。オレはかなりの女性から結婚を申し込まれたが、全員に勝ってしまった。マジであの悪習赦さん。
「娘が産まれたの」
何回目かの訪問時、姉貴からそう聞いた時のオレは、さぞ間抜けな顔をしていたことだろう。姉貴が堪えきれずに爆笑していた。
「え、つまり、人間と魔龍の……?」
「ハーフだけど、見た目も能力も完全に人間ね。擬態が完璧すぎたのかしら?」
「喜べばいいか悲しめばいいか……」
「喜び一択に決まってるでしょう?」
オレの姪っ子はグロウに似た金色の髪に姉貴に似た黒い目をした美人だった。姉貴と同じ、ステラという名をもらったことは聞いた。オレの長い生涯のうちで最も幸福な瞬間だった。
オレの足は自然と姉貴の家庭から遠のいていった。姉貴のことをオレが心配する必要はもうないと分かっていたし、何年経っても見た目が変わらないオレのことを気味悪がっている人間もいることに気付いていたから。姉貴も若々しいままだったが、もとが大人びていたため、子ども姿のままのオレよりは不審がられないようだった。
気付けば百年がすぎていた。オレは両親を看取った。姉貴は葬式に来なかった。オレだってグロウの葬式に顔を出さなかったのだから当然だ。
ある日、龍脈災が生じた。オレは自分の住んでいる龍脈の魔素を鎮めつつ、縄張り内の魔物にスキルをかけて落ち着けていた。住処や食料を失ったり怪我をしたりした魔龍仲間を支援し、母龍が温められなくなった卵を引き取って代わりに温められる魔龍を探した。これら全てが完全な間違いだった。
オレは真っ先に姉貴の所へ行くべきだった。姉貴にはオレ以外、頼れる強い存在がいなかったのに。
千年以上生きようが、史上屈指の強さを誇ろうが、愚かさの報いは平等だ。実にこの世界は公平だった。
嗚呼、神様がオレを転生させるほどの御力を持つのなら、どうして、あの日、姉貴の息の根を止めては下さらなかったのでしょうか。
【作者のメモ】
・魔龍の女性にとっては、最低限狩りができるくらいの強さはあるが、自分の方が主導権を握れるくらいには弱い男性が魅力的である。母龍が抱卵する数年の間に自分の面倒を看なくなったら自力で制裁できるため
・夜の姉は人間に比べて年を取らないので、娘を連れて町を転々としていた




