第40話 古巣に帰る
大きなトラックのようなものがやってきて、オレを乗せた。オレは身動ぎすらできないまま、闇の中に閉じ込められた。振動が伝わってくるから、移動中なのだろう。怖い。これからどうなるんだ。フローラたちは無事だったのだろうか。取り敢えず、シリウスは一発殴る。
トラックが止まった。遂に年貢の納め時か。
急に眩しい光が目に飛び込んできた。轟音が響く。トラックの上部が斬り落とされて吹っ飛んでいる。何が起こった?
「ウォオ——」
ピノキオのような生き物が叫ぼうとしたが、その身体がずるりとくずおれた。一瞬視界に鞭のような何かがしなり、異形たちに当たったように見えた。そのいくつかは見えない壁に阻まれて軌道を変えていたが。
薄灰色の影が飛んできた。異形たちの放つ石や火を割り、水を弾き、風を相殺して、影は薄灰色の剣を振るった。見えない壁は粉砕され、武器は壊され、鎧の隙間を通し、鱗を貫いて、剣は踊り続けた。
薄灰色のお化けのような布の塊が、オレの前まで来た。オレは瞬きがやっとで、身体は依然動きそうもない。薄灰色のお化けは武器をバネに天高く飛び上がった。剣が大きく振り上げられ、オレの顔に振り下ろされた。オレの口枷が粉々に砕けて落ちた。
「老師、これはどういうことだ?」
「吾輩はただの通りすがりのものだ。魔龍の知り合いなどおらぬので、老師と呼ばれる筋合いはない」
ソードはオレの手枷も斬った。オレはゆっくり身体を起こすと、ソードに頭を下げた。
「では、貴方の剣の腕に敬意を表して老師と呼ぶよ。オレのことを解放したのはどうして?」
「吾輩は信義を重んじる。他者の弱みに付け込んで騙しておきながら、大義を掲げて正当化しようなどという卑劣を看過すると思ったかね?剣を鞘に仕舞ったまま錆びつかせては、剣が泣くというものよ」
かっこいいなあ。心配するのも野暮というものか。
「峰打ちだからそのうち目覚めるぞ。早く行きたまえ」
「フローラたちはどうなった?」
「獣王殿が保護しておった。絡繰りと幼子も共にな」
ソードはオレに背を向けて、立ち去ろうとしている。
「ありがとう、老師」
「さらばだ」
ソードは鬱蒼と茂る木々の中に消えていった。この場所は見覚えがある。古代遺跡の近くだ。ひとまずその中に逃げ込もう。オレは翼で空気を掴みながら古代遺跡を目指して進み始めた。肌寒い空気がチクチクと肺を刺す。
オレの鱗と同じ、濃紫の建物が見えてきた。スッと降り立ち、黄ばんだ門の前まで進む。ああ、オレの大きさにぴったりだ。門に描かれた紋様にそっと尾を当てる。門は自動で開いた。微かな疲労感を無視して中に入る。
オレは手提げランプを灯した。温かい。抱えていると動きやすくなった。ハンモックのある部屋まで移動して、ドサッと横たわった。ちょうどいいサイズだ。瞼が重くなっていく。
「起きて」
少女の声がする。聞き覚えのある声だ。オレは瞼を開けた。目の前に、金髪に黒い目の少女がいた。甲冑を着て、帯剣している。
「ルーチェ、いや、アルバ……?」
「え、わたしのこと、思い出したの?」
アルバはパッと顔を輝かせた。
「色々なヒトから聞いたんだ。貴方の名前を」
「ふーん、忘れちゃったんだ。わたしのこと。まあいいや。名前を呼んでくれて嬉しかったからチャラにしてあげる。犬扱いなんかしたら噛み付いてやろうと思ってたんだからね!」
地球でオレの飼い犬だったルーチェではあるらしい。オレはハンモックから身体を起こした。
「あれ、言葉が通じてる?」
「最初に会った時は、わたしが言っていることが分かっていなかったくせにね。これ、この時代では古代語って呼ばれているみたいだよ。だんだん思い出してきた?」
オレは首を横に振った。
「貴方のことは、アルバと呼んだ方がいい?」
「当然。魔龍は寿命が長い代わりに、記憶を引き出しにくいから困っちゃうな。ねえ、ここはきみの家でしょ?何か思い出せること、ないの?」
オレの家?オレは辺りを見渡した。確かに、言われてみれば何となく懐かしい気がする。実家のような安心感ではなく、旅館のような安らぎをもたらす空間だ。オレの大きさに適した暮らしやすい住処だ。隅々まで見てみれば何か思い出すだろうか?一応軽く見て回ったことはあるけど。アルバムとか日記とかがあったらよかったのに。
「オレは地球から転生する前にも、この世界にいたことがあるってこと?」
「あちゃー、そこからかあ」
アルバは大袈裟に額を叩いて肩をすくめる。
「教えてくれない?」
アルバは斜め上を見た。
「うーん、わたしが説明するより、自力で思い出してほしいかも。無理そうなら、ちょーっと血が流れる方法もあったりなかったり?」
アルバの手が剣の鞘に伸びている。あれは対魔龍に特化した聖剣、だよな?思い出さないとヤバい。何かないか。思い出のとっかかりになりそうなもの。
「あ、石盤!」
見慣れない文字が彫られた石盤があった。以前は読めなかったが、古代語を思い出したなら、文字も思い出せるだろうか?
「石盤?」
「石盤がある部屋があったんだ。文字が彫ってあったけど、オレには読めなかった。古代語なんじゃないかな」
アルバはにっこりと笑った。オレの手を両手で掴む。
「行ってみようよ!」
「あ、うん」
魔龍と勇者アルバは敵対関係にあったはずだ。過去を思い出させてから始末する、みたいな展開はないよな?
オレは歩みを止めてしまった。アルバが振り返って首をかしげる。
「どうしたの?」
「アルバにとって、オレって何なの?」
めんどくさい彼氏みたいな訊き方しちゃった。アルバはニカッと笑った。
「思い出してからのお楽しみ!」
うわあ、怖え!
【作者のメモ】
・ソードの戦闘には魔力を使用しないので、個人を示す痕跡が残らない。まあ、そんな強いヒトはいないので、剣王ソードの仕業であることは誰でも分かる
・魔龍は変温動物なので、手提げランプで暖を取っている




