第39話 扇動と逃亡
「フローラ、シリウスにつないで」
「ええ」
シリウスのホログラムが現れた。
「もう私が恋しくなったのか?」
「管理人が魔物を皆殺しにして魔龍を炙り出そうとしているようだけど、シリウスの命令なの?」
隣でフローラのヴェールが白くなった。
「背後にいるのはコメット町の兵士か」
「質問に答えてくれ」
「その姿では兵士たちの精神に負担が大きい。人型に戻ってくれないか?」
オレは周囲を見渡した。確かにオレを見て震える者、気を失っている者までいる。オレは学ラン姿の馬上夜に擬態した。周りの警戒は一層高まったように感じられる。
「フローラ、ホログラムの出力を最大にしろ」
「どうして?」
「全員に説明責任を果たす」
フローラが機械を弄ると、シリウスの顔が魔龍くらい大きくなった。
「魔王シリウスだ。ヒトが安定して魔法を使うためには、魔龍の力が不可欠なのだが、魔龍は擬態して他の魔物やヒトに紛れる。そのため、強引な手段で魔龍を探そうとしてこのような事態を招いたことは事実だ。中にはこの龍脈災で大切なヒトを亡くした者、怪我を負った者、住処を失った者もいるだろう。その責任は全て私にある。この場を借りて陳謝する」
シリウスは空気を震わすほどの大声で言うと、深々と頭を下げた。翻訳珠が青く光る。
「恥を忍んで言うが、次世代が私たちと同じように魔法を使える社会を実現するために力を貸してくれる魔龍は、まだいない。このような事態を引き起こしたのにも関わらず、ヒト社会を持続させるために必要な魔龍を見つけられずにいること、誠に申し訳ない。このままだと、次世代は自力で魔法を使うことができないだろう」
シリウスの笛が哀愁を帯びた。オレはハッとして、フローラを見た。
「マズい。止めて——」
「ガルルルル!!!」
「ウオオオォォォォォ!!!」
兵士たちが口々に叫び、光を点滅させながら詰め寄ってくる。何を言っているのか分からないが、容易に想像がつく。哀れな人類を助けろと縋りついているのだ。オレは鳥肌が立った。
「シリウス、貴方は捕まった魔龍がどうなるか知っているはずだ。最初からそのつもりでオレを匿っていたのか?」
「私を怨んでくれ、夜」
シリウスのホログラムが消えた。おい、全然友好的じゃないな、シリウス!
オレは古代遺跡の地下で見た、魔龍の亡骸を思い出して身震いした。異形が四方からじりじりとにじり寄っている。
「止めろ!捕らえられた魔龍は、無理に魔法蟲を寄生させられて生き地獄を……」
「ピィピィー!」
「グオオオォォォ!!!」
駄目だ。この声量じゃ届かない。フローラの声が聞こえてきた。
「違うわ!夜に肩入れしてるとか、そういうんじゃ……。ちょっと、ウチを反逆者扱いする気?」
「やぁや!来ないデ!」
「サブマスターを拘束することは人間のためにならないと思います!」
オレを庇うことで、フローラたちにも危険が及びそうだ。オレはフローラに囁いた。
「オレはこの場を離れる。シャドウとルーナのことを頼んだよ」
「ちょっと行かないでよ。アンタ一人でこの先どうする気?」
「なるようになるさ」
オレは魔龍の姿に戻った。ヒトが詰め寄っている中、変身したことで、何人か吹っ飛ばされた。
「待って!」
「ギャアアアアアオオオオオゥゥゥ!!!」
フローラがオレに手を伸ばすと、近くにいた牛頭がフローラに火の玉を放った。オレはフローラの襟首に爪を引っ掛けて引き寄せた。これだとオレが離れてもフローラたちが攻撃されそうだな。しかし、ここで連れて行くと、二度とヒトの世界には戻れなくなるだろう。それはフローラに申し訳ない。
「お前ら、オレを騙してたな!?オレを監視して騙して、最初から人間に力を貸させるつもりだったんだろう?」
「よ、夜?」
頼む、フローラ。三文芝居に付き合ってくれ!シャドウやルーナには無理だろうから。『泣いた赤鬼』はこの世界にはないよな?
「何その言い方?キモいんだけど!?」
これ演技?本心?ちょっと傷付いた。
オレは六枚の翼を広げた。力強く羽ばたくと、風で何人か吹っ飛ばされる。異形たちは口々に喚き、オレに攻撃を繰り出してきた。濃紫の鱗は攻撃を弾いてくれた。タフだな、オレ。身体が重くなり、氷、火、岩、嵐、木、ありとあらゆる攻撃が降り注いできた。流石に痛い。尾を一振りすると、ベシャッと嫌な音が響いた。殺すつもりはなかったのに……。
ヒトが開いた方に向かって走り始めた。オレが走るのを見て多くのヒトが道を開けた。しばらく羽ばたきながら駆けていると、宙に身体が舞い上がった。まだ攻撃は迫ってくるが、当たっても大したことはない。
「鬱陶しいな」
オレより速く飛べる種族がいるようで、振り切れない。そいつらは尾行するだけのつもりか、オレの尾が当たらなさそうな距離を飛んでいる。龍脈まで飛んでやるよ。来れるもんなら来てみろ。
しばらく飛んでいると、徐々に疲れてきた。お腹が空いた。茶色い山を越えると、赤い霧が立ち込めていた。迂回するのも面倒だと思い、オレは中に突っ込んだ。
「な、なんだこれ……」
息が苦しい。呼吸をしても頭に酸素が入ってこないような感覚だ。オレは地面に倒れ込んだ。辺りに異形が現れた。オレを囲み、機械を向けてきた。頭が痛む。待ち伏せされていたのか。このままじゃ捕まる。
「異種族友好!」
『発動条件を満たしていない』
異形同士は光で意思疎通をしている。オレの声は聞こえていないようだな。身体から力が抜けていく。もう駄目だ……。一生監禁されて、生きたまま魔法蟲に喰われ続けるのか。
異形たちはオレの口と手に何かを嵌めた。身体が動かせなくなった。
オレはただ、もう一度ルーチェに会いたかっただけなのに。……あれ?ルーチェじゃなくてアルバだったよな?
……どうしてオレはアルバに会いたかったんだっけ?
【作者のメモ】
・『異種族友好』が発動しているのに夜を攻撃するのは、ちっちゃい子がたまに遊びに来てくれる親戚に帰ってほしくなくて腕を引っ張るようなもの。本人たちが夜にとってはそのくらいの威力だろうと思って攻撃している
・尾行しているヒトが魔法機で進路を伝え、先回りして罠を仕掛けている




