第37話 夜の正体
「ルーナとオレがソーレを救出に行きたいって言った時点で、フローラとシャドウには止められないだろ?」
「町から出るには手続きが必要なんだけど?ウチがいないとできないでしょ?」
「あ、そうか」
四分の三が人権のない集団だった。
「考えてみたら、シェルターにも入れないじゃないか。オレを守るには、町の外に出ないといけないんじゃないの?」
「それもそうね。どの道、この町からはすぐに出ましょう」
オレたちはフローラと一緒に町を出た。別に魔物が迫ってきているとか、そういうことはなかった。ただ、見ている傍で遠くから燃える隕石のようなものが飛んできて、町の数十メートル手前に落ちた。地面がズンと揺れる。
「フローラねぇ、にぃにを助けに行かせてネ」
「ルーナは好きにしていいわ。でも、夜はダメよ」
「お兄様のご命令だからか?」
「ええ。魔王命令だからよ。背いたら処刑もあり得るわ」
「そんな馬鹿な——」
フローラはオレの方に身を乗り出した。
「本当よ。ウチはお兄のスペアになれるほど優秀じゃないわ。お兄は自分のゲノム編集個体なのに無能なウチをあまりよく思ってはいないの。アンタは、ウチが殺されると思っても、魔龍を助けに行くことに固執するつもり?」
オレはフローラに気圧されて言葉を詰まらせた。フローラの翻訳珠は青い。
確かに、シリウスはフローラに異種族友好をかけるように促したり、オレに同行させて危険な場所に送り出したりしている。この世界に家族愛なんていう概念はなさそうだし、実はフローラがシリウスに嫌われているとしても不思議はない。それにしてはフローラのシリウスに対する態度が怖いもの知らずな気もするけど。
「どうして答えないの?そんなことないって言いなさいよ!まさか、ウチと魔龍のどっちを取るか迷ってるんじゃないでしょうね?フローラの方が大切だから、魔物の救出になんて行かないって言えないわけ?」
「ソーレは命の恩人なんだよ。魔物とかヒトとかオレには関係ないんだ。むしろソーレの方がよっぽど人間味が——」
「あっそ。夜はウチのこと、魔物にも劣るって言いたいのね?」
あ、これヤバい。多分、人間もクマも同じ命だからクマを殺すなんてかわいそうって言っちゃったやつだ。いや、もっと悪い。今まで魔物とヒトを比べないようにしようって気を付けてたのに!
「違う、違うんだ、フローラ」
「さようなら」
「フローラ!」
フローラは車に一人で乗り込んで、どこかに行ってしまった。砂埃が巻き起こったかと思うと、もうその姿は遥か遠くになっていた。
「今のはサブマスターも悪いと思います」
「わざわざ言わなくていいよ、分かってるから」
「フローラねぇ、めんどーだネ」
「ルーナちゃん?それあんま言わない方がいいかも」
カップルの痴話喧嘩じゃないんだからさ。
「追い駆けたいんだけど、助けてくれない?」
ルーナは亜龍に擬態した。
「乗っテ!」
「ありがとう」
ルーナはフローラの行った方に駆け出した。隣をシャドウが走っている。フローラの車は遠くにぼんやりと見える。だんだんと大きくなってきた。
空をサッと大きな影が横切った。馬より二回りは大きい影だ。フローラの車が消えていた。緑青色の亜龍が足に車を掴んで悠然と飛び去っていた。
「マズい!ルーナちゃん、飛べる?」
「任せテ!」
ルーナが走りながら羽ばたき、やがて宙に舞い上がった。風を切る感覚が心地いい。車を掴んだ亜龍は岩場の多い山に向かって飛んで行った。ルーナは追い駆けるが、遠い。亜龍は上空にぐんぐんと昇っていき、その足から車が落とされた。
ガシャンと車が岩に叩きつけられた。亜龍は急降下して車を踏みつけた。車はぺしゃんこにひしゃげた。オレは血の気が引いたが、車の近くで何かが動くのが見えた。フローラだ。間一髪逃げ出していたのか。
「ルーナちゃん、亜龍を止められる?」
「もちろんヨ!夜にぃを降ろすネ」
ルーナは岩場に降り立ち、オレは急いでルーナの背から滑り降りた。フローラに外傷はなさそうだ。亜龍とルーナは互いに激しく威嚇している。そのせいで、フローラは崖から動けずにいる。オレも近付けそうにない。
亜龍が尻尾を振った。弾みでフローラの身体が崖から投げ出される。ルーナがそちらを見た瞬間、亜龍はルーナに襲い掛かった。
「キャアアアアアァァァァァ!!!!!」
「フローラ!!!」
オレは龍たちの隣を素通りして、崖下に身を躍らせた。フローラに手を伸ばす。フローラは反応しない。気絶しているのか?フローラに届いた。その頭を抱えるが、この高さではどの道……。
「サブマスター、貴方は魔龍です!擬態を解いて飛んで下さい!」
遠くからシャドウの声がする。オレが、魔龍だって?地面がどんどん迫ってくる。時間がない。オレはソーレやルーナの姿をイメージして飛びたいと強く念じた。
地面に激突する寸前、オレは力強く羽ばたいた。オレの背中に生えた六枚の翼はオレとフローラを地面から遠ざけた。オレは崖上に舞い戻り、安全な地面にフローラを降ろして自分も降り立った。ルーナは口に血塗れの亜龍の首を咥えている。
「夜にぃ、なノ?」
「そうだよ」
オレは改めて自分の身体を見つめた。濃紫のごつごつした鱗に覆われた巨体は、ソーレと比べてもさらに大きいだろう。フローラやシャドウなど、うっかり踏み潰しかねない大きさだ。
「どうしてオレが魔龍なんだ?地球から転生してきた人間なのに」
考えてみれば、愛犬のルーチェも人間になっていた。オレが魔龍に転生していてもおかしくないのか?
「ってことはオレ、ヒトどころか魔物すら相手にならないくらい強かったんだ」
オレは今までの自分を思い返した。様々なヒトや魔物に助けられ、危険に晒しながら暮らしてきた数十日を。
「サブマスター?」
「めっっちゃ恥ずかしいんだけど!」
【作者のメモ】
・フローラはシリウスを含む周囲のヒトに対して、常に冷たい態度をとっていた。しかし、夜の異種族友好のせいで、最近は素直な部分を曝け出してしまっている
・亜龍は好戦的な性格なので、車がヒトの乗り物だと認識して襲い掛かっている




