第34話 病人と怪我人
「助けてくれてありがとう。実はルーナが具合悪そうなんだよね」
ソーレは跪いてルーナの様子を確認し始めた。
「にぃに!」
「ルーナ、ご飯をどのくらい食べましたか?」
「ん?」
ルーナはふわふわした様子で、頭が回っていないように見える。
「昨日は燃える牛三頭と、肉食恐竜みたいなやつ五頭と、種が弾けるハート形の果物七個と、空飛ぶ蛇十匹を食べてたよ」
「食べ過ぎです、ルーナ」
食べ過ぎなんかい!
「でも、魔龍の姿の時より大分少ないヨ」
「胃袋の大きさを考えなさい、ルーナ」
ソーレは錠剤と水筒をルーナに渡した。ルーナはこくこくと飲んでいる。
「休めばよくなります」
「それは良かった。そう言えば、龍脈災の対応を相談に来たとか?」
「はい。龍脈に行って魔素を吸い取ろうかと思ったのですが、夜様はどうなさいます?」
どうなされと言うんだ。
「魔素を吸い取ったらどうなるの?」
「僕は体調が良くなるし、魔素濃度が下がると、他の生き物も助かってウィンウィンではありませんか?ご一緒にどうです?」
そんな一緒にカラオケ行かない?みたいなテンションで言う内容なのかな。
「ルーナは?連れて行くの?」
「あ、体調が悪そうなので龍脈は止めておいた方がいいですね。そうなると誰かが面倒をみないといけなくなりますか」
「じゃあオレが看病しておくよ」
「いいんですか?」
「もちろん」
正直、こんな恐ろしい魔龍と一緒に龍脈に行く方が怖い。良い人ではあるけど。
「おや、ルーナが眠ってしまいましたね。目を覚ましたら渡しておいてください。そろそろ人間が来そうなので僕は退散します」
ソーレはオレの手に何か握らせてきた。鶏の卵大の赤い宝石が金のリングにはまっている。地球なら何億円になるんだ?
「夜様にはこれを」
ソーレが渡してきたのは、銀のチェーンが付いた、グレープフルーツ大の宝石だ。真っ黒な中に赤や青、緑の輝きが見える。オーロラのように美しい。
「いいの?こんな高価そうな物もらっちゃって」
「夜様は恩人ですから。好みをお伺いしておくべきでしたが、気が回らず失礼いたしました。お気に召したらよいのですが……」
「ありがとう!綺麗、ずっと大切にするね」
「ありがとうございます。ルーナをよろしくお願いいたします」
ソーレは爽やかに微笑むと、翼を広げて飛び去って行った。
ルーナは穏やかに寝息を立てている。オレはバリアから滑り降りた。未だ燃え盛る大地を踏みしめ、ヒトが去った方に歩き始めた。
「夜!大変、シャドウが!」
フローラが駆け寄ってきた。オレは後について人波をかき分けた。シャドウは作業台の上に寝転んでいる。胸元に大穴が空いている。周りにはロボットアームがあって、シャドウを修理しているようだ。シャドウの目がぎょろっと動いてオレを見つめる。
「サブマスター」
「シャドウ、な、治るよね?」
「修理するには記憶回路を繋ぎ直さなくてはなりません。そうすると、マスターのことを思い出してしまいます」
「いいことじゃないか」
シャドウは目を逸らした。
「マスターのことを思い出したら、シャドウはその命令に従って動くようになります。シャドウは戦闘用自律魔動機です。サブマスターや皆様のことを攻撃してしまうかもしれません。修理することはお勧めしません」
「シャドウはマスターに会いたいんじゃないの?」
シャドウは弱々しく頷いた。
「会いたいです。しかし、恐らくマスターはもう、お亡くなりなのでしょう。マスターのいた時代からかなりの時が経っていると思われます。それなら、マスターのことなど思い出さない方がサブマスターのためです」
「でも、記憶回路を直さないとシャドウが治らないんでしょう?」
「完全に機能停止します」
オレはシャドウの胸元の風穴を見つめた。反対側まで貫通していて、断面は配線や基盤が剥き出しになっている。
「治そう。敵になってしまうとしても、シャドウに元気でいてほしい」
ロボットアームが指文字で何か伝えようとしてきた。
「一度シャットダウンして修理するって言ってるわ」
「ありがとう」
ロボットアームが手を振ってくれた。オレはシャドウの手を握る。
「シャドウ、今までありがとう。無事に治りますように」
「ありがとうございます、サブマスター」
ロボットアームがシャドウの電源を切った。修理には時間が掛かると言われ、オレはルーナを抱いたまま、フローラとその場を後にした。医務室は負傷者で埋まっているので、ホテルのベッドにルーナを寝かせた。
「ルーナは大丈夫なの?」
「食べ過ぎみたい。寝てればよくなるって」
「ふーん、情けないわね。馬ッ鹿みたい」
フローラは手際よくルーナの服を着替えさせ始めた。オレは慌てて後ろを向いた。
「フローラは怪我しなかった?」
「もう治したわ。そんなことより、魔物を焼き払った空飛ぶ魔物は何なの?」
「友達」
「友達!?」
オレが恐る恐る振り返ると、ルーナはふわふわの布団を被っていた。
「まあいいわ。ウチには関係ないから」
フローラはお菓子を差し出してきた。綿菓子みたいな見た目で、パリパリしている。シナモンの香りと蜂蜜のような味がおいしい。フローラもパリパリ齧っている。
「それだけ?」
「あそこまでヤバい魔物なんて、下手に知りたがるもんじゃないわ」
ソーレは人間のことが嫌いだろうから、賢明な判断だ。
「オレはルーナとシャドウを連れてルーチェを探しに行くから、今度こそお別れだね」
「ルーチェって結局、アンタの何なの?」
オレは無言で綿菓子を頬張った。
「ペットっていう概念はある?」
「魔物の調教みたいなこと?」
文化の説明から始めないといけないな。
【作者のメモ】
・夜がもらった宝石はブラックオパールみたいなもの
・シャドウは古代遺跡の調査をした辺りで、自分が前に稼働していた時代と違うことに気が付いていた




