第32話 龍脈災
「ルーナとシャドウを探さないと」
「ウチはお兄に連絡を取らないと。また後で」
フローラは何か機械を操作し始めた。龍脈災が生じると、大量の魔物と戦うために魔王が陣頭指揮を執ると言っていた。魔王副官であるフローラも忙しくなるだろう。オレ一人で二人を探さないと。
パニックになった群衆のせいで、町は大混乱で、ヒトを探すどころじゃない。オレは魔力銃を空に向けて放った。
──バン!
オレに視線が集まるのを感じた。建物の上を飛んでくる影が見えたかと思うと、オレの目の前に降り立った。ルーナを抱えたシャドウだ。
「シャドウ、只今戻りました」
「大変だ。龍脈災が生じたんだって」
「龍脈災ってなあに?」
「魔物がいっぱい来るんだってさ」
「ごちそうだネ!」
ルーナは目を輝かせた。そういう発想になるのかあ。シャドウが首を横に振った。
「ルーナ様、魔物がたくさん現れて、町をボロボロにしてしまうのです。家や店が壊れてしまうと、そこで暮らしていたヒトは困ってしまいます。だからみんな慌てているのですよ」
オレはシャドウの額に手を当てた。熱はないようだ。びっくりした。すごく真っ当なことを言うから。
「詳しいね」
「戦闘用自律魔動機ですから。龍脈災の時、魔物と戦いましたもので」
数百年、龍脈災は生じていないって聞いたけどな。何歳?
「オレたちはどうすべきだと思う?」
「魔物が来る前に逃げるべきだと思います。龍脈災に遭ったら魔龍でさえ死にます」
「そうなノ?」
「数の暴力です、ルーナ様。倒しても倒してもキリがないのです。立ち向かうだけ損です」
軍隊アリが象を襲うようなものか。
「オーケー、逃げよう」
もう周囲にはヒトがほとんどいなくなっていた。フローラが駆け寄ってきた。
「大変だわ」
「どうしたの?」
「この町に封鎖措置が取られたの。ヒトは地下シェルターに避難することになるけど、アンタたちには個人番号がないから入れないわ」
なるほど。セキュリティ大事だもんね。ヒト以外は避難させないかあ。
「町から出られない?」
「もう防護壁が展開してしまったの。多分、今から申請しても間に合わないわ」
「ここにいたらヤバい?」
「死ぬわね」
オレは舌打ちした。人権がないってヤバいな。
「あ、ドッグタグがあれば出られはするわ!緊急時はドッグタグ刻印に個人番号がいらないの。魔王副官の権限でウチの指揮下の兵士ということにすれば、この町から戦場へ出動できるわ。これで行きましょう」
フローラは何やら機械を取り出した。オレの腕を取って機械を当てようとしてくる。オレは腕を引っ込めた。
「何するの?」
「ドッグタグを刻印するの。人体に害はないわ」
「いや、でも……」
「時間がないの」
フローラは強引に機械を当ててきた。ピリッと電気が走るような感覚がした。シャドウにも機械を押し当て、ルーナにも当てた。フローラに連れられて町の外に出ると、異形が整然と隊列を組んでいた。先頭には見慣れた銀色の獣が立っている。
「よォ、副官。坊ちゃんと嬢ちゃんも一緒かい。久しいねェ。そっちのお嬢ちゃんは初めましてだなァ」
「師匠!」
獣王ビーストは軍服のような服に身を包み、ニヤリと笑っている。
「副官、坊ちゃんらはどうすンだい?」
「避難させようかと……」
「もったいねェ。こんな強ェのに」
「師匠、オレに戦う義務はないと思うんだけど」
「薄情だなァ。ドッグタグもあンだろォ?上官命令で強制的に戦場に引き出せるぜェ」
異種族友好は効いているはずなんだけどな。オレの危機だと認識していないのか?
「強制的に?」
「上官の命令に背いたら懲罰が下るなァ。死にゃァしねェが」
人権!
「……せめてルーナは逃がしてあげられない?」
「お嬢ちゃんの実力は分からねェからなァ。保護してやっても構わねェが、どうだい?」
ルーナはオレにしがみついて、ふるふると首を横に振った。
「みんなと離れるのやぁや」
「すぐ戻ってくるよ」
「あたしの方が強いモン!魔物なんてやっつけちゃうノ!」
オレはルーナを抱き締めて耳元に囁いた。
「でも、元の姿になったら悪いヒトに狙われるから危ないよ」
「この姿でもけっこー強いのニ……」
ルーナはツンとそっぽを向いてしまった。
「悪ィが、そろそろ行くぜェ。どォすンだァ?」
ルーナはオレにぴったり張り付いている。当然ながら、オレには引き剥がせない。物理的に。
「ルーナを抱えて戦いに行かないといけないの?」
「坊ちゃんならお嬢ちゃんを抱えても余裕で戦えンだろ」
過大評価だ。ルーナはオレを不安そうに見上げている。
「危ないと思ったら逃げてね、ルーナちゃん」
「うん!夜にぃを連れて逃げるネ!」
周囲のヒトは涙ぐみそうになっている。岩のような巨人から、肩をぽんぽんと叩かれた。ありがとう。うちの子、多分貴方より強いですよ。
ビーストは尻尾をゆったりと振っている。
「じゃァ、好きに暴れなァ」
何でこんなことをしているんだろう。オレはルーナの手を引いて歩きながら溜息を吐いた。まだ昼なのに暗い。空を覆うように何かが飛んでいる。地面が黒々として蠢いている。正体が分からないのが一番怖い。
「アオーーーーーン!!!」
何の合図?
──ドカーン!
目の前で大きな火球が魔物の群れに撃ち出された。手前の魔物たちは吹っ飛んだが、後ろから魔物が押し寄せてくる。
「シャドウも魔力砲撃ったら?二回くらいなら起こすよ」
「かしこまりました」
シャドウが魔力砲を撃つと、地平線まで魔物が吹き飛んだ。山肌が一部削られている。こわ。オレはシャドウを起こした。周囲のヒトの視線が痛い。
「アオーーーーーン!!!」
遠吠えに合わせて、一斉に進軍が始まった。さっきと同じ合図じゃないか!混戦状態になると、シャドウは魔物を片っ端から斬り捨て、ルーナは魔物を殴って倒している。他のヒトは魔法を使って、数人がかりでようやく魔物を倒している。傍から見てもこの二人は圧倒的に強い。そして、オレは今更困ったことに気付いた。
「マジで魔物とヒトの見分けがつかないな」
【作者のメモ】
・ドッグタグの刻印に個人番号がいらないのは、ビーストのように魔物を戦わせる場合にも刻印できるようにするため
・夜は合図の言葉が理解できていないが、他のヒトは夜の持っている翻訳珠の影響で夜の言うことが分かっている




