第31話 管理人の話
オレとフローラは機械化人に近付いて行った。機械化人は歩みを止めた。脚は止まったまま、本体がギュインと回転し、オレたちの方を向いた。
「我々に用?」
シャドウの声と違って、人間味が薄い機械音声だ。
「ええ。ウチは魔王の妹にして魔王副官、フローラよ。こっちは人間の夜。ここではなんだから、場所を移しましょ」
フローラの先導で白い建物に入っていった。受付と思われるところに、紫の大きな目が輝く、白くて長い毛の生えた生き物がいる。光沢のある青紫の角は、右の方が長い。
「個室は空いてる?」
「はい。個人番号をお願いします」
「FL2120242」
「受け付けました。104号室へどうぞ」
フローラがテキパキと受付を済ませ、オレと機械化人は付いて行った。フローラに続いて部屋に入ると、一面に星空が広がり、波音が聞こえる。
「何か飲みながら話しましょう。月鈴果のジュースで良かった?」
「任せるよ」
「アンタもいいのね?」
機械化人は黙って頷いた。フローラが何か操作すると、ほのかに青白くパチパチと光る飲み物が三つ出てきた。底には丸い何かが沈んでいる。一口飲んでみると、バニラの香りがして、洋ナシのような甘みが炭酸のようにはじける。癖になる味だ。フローラもヴェールの隙間からストローで飲んでいる。機械化人は口をつけようとしない。
「じゃあ、本題に入ろう。オレはヒトを探してるんだ。フローラ、ルーチェの画像って出せる?」
「ええ」
ルーチェのホログラムが現れた。機械化人の上にある穴の奥で赤い光が点滅した。
「これ、我々」
「どういうこと?」
「我々、記憶にない。でも、これ、我々。アルバ」
フローラが竪琴を荒々しく掻き鳴らした。
「アルバって、勇者アルバのことじゃないわよね?『ディストピア神聖書』に出てくる」
「そう。我々、アルバ」
「どういうことなの?」
オレの台詞だ!
「勇者アルバって何?」
フローラはシャランと竪琴を鳴らしてから説明し始めた。
それは千年前のこと。聖剣に選ばれた少女、勇者アルバが魔王を倒して、人間は地上の覇権を握ったらしい。あまりに昔のことなので、詳細な記録はないそうだ。神話の類だという。アルバに関する記述は、『高貴なる黄金』、『美しき戦士』、『勇敢なる少女』というような感じで、正確な風貌は分からないようだ。
「で、貴方は何者なの?」
「我々、魔王様のために働く。我々の秘密、魔王様のみ知る」
シリウス以外に話すつもりはないということか。
「ウチ、魔王のゲノム編集個体だけど、ダメ?」
機械化人はフローラの頭のてっぺんから爪先まで光を当てた。スキャンした?
「……魔王様?」
「そうよ」
どういう判定なんだろう、これ。フローラは、ほとんどシリウスとDNAが同じってことなんだろうけど。まあいいか。
「我々、勇者アルバのクローン。魔王血珠を継ぐ者。魔龍を狩る者」
「勇者アルバのクローン?千年も前のヒトなのに?」
オレはグラスの底に沈んでいる、黄色い果物をマドラーで潰した。青白かった液体が緑色に変わった。バターのように芳醇な味わいがする。
「アルバ、魔王血珠、手に入れた。魔王血珠、アルバにしか使えない。一度使うと死ぬ。アルバ、たくさん必要。我々、無数にいる。我々、魔龍を狩る。魔法蟲、育てる。魔王様のために。魔王様、我々を生み出す。機械化させる。我々、どこにでもいける。魔龍の住処でも」
片言だが、何となく分かってきた。魔龍を操る魔王血珠は勇者アルバにしか使えないから、アルバのクローンを生み出して魔龍を捕まえているのか。
「先程の女性はアルバじゃない。別の世界から数十日前に転生した、ルーチェという人物だ。心当たりは?」
「我々、全員同じ姿。その姿。それ、アルバ。間違いない」
オレは眉をひそめた。
「アルバのクローンが機械化せずに歩き回っている可能性は?」
「無理。我々、今の環境、生きていけない。試験管出る前、機械化手術する」
「ゲノム編集できないから仕方ないわね。医王様が生み出して、ある程度育ったら機王様が手術するのかしら?」
機械化人は頷いた。ドクターとメカが関わってくるとは思わなかった。試験管ベビーどころの騒ぎじゃないな。試験管ガールだ。
「ゲノム編集で環境に適応できるようになるの?」
「環境に適応している魔物のDNAを入れればね。上手くいかないこともあるけど」
オレは嫌な予感がした。
「もしかして、今いるヒトには全員魔物のDNAが入ってる?」
「当ッたり前でしょ」
「じゃあさ、ゲノム編集をする前のヒトは、オレやルーチェ、シャドウみたいな見た目だったんじゃないの?」
波の音だけが聞こえる。
「分からないわ。最古の記録媒体に残っているヒトの姿も魔物が混ざっているから。でも、確かにちょっとアンタに近い見た目だった気がするわ。アンタの見た目は、絵画に出てくる天使に似てると思ってたんだけど、オリジナルのヒトの姿だってこと?」
異形だらけの世界に来たと思ったら、人間が自ら遺伝子操作した成れの果てだったとは。いっそ、この世界には異形しかいない方がよかったのに。言い知れない嫌悪感が込み上げてくる。これ以上深掘りしたくない。
「人類史は置いておいて、貴方はルーチェに会ったことはないんだね?」
「ない」
「ルーチェに会ったら、気を付けた方がいいよ。彼女は貴方を探しているみたいだけど、理由が分からないから」
「分かった」
オレはグラスを飲み干し、ローブのフードを被り直す。
「さようなら。えっと、何て呼べばいい?」
「我々、魔法蟲の管理人」
「じゃあね、管理人」
「さようなら」
オレとフローラは管理人と別れた。
ルーチェの足取りは掴めなかったが、重要な情報が手に入った。もしかしたら、彼女はこの世界に千年前に存在したという勇者アルバと何か関わりがあるのかもしれない。
──ビーッ!ビーッ!ビーッ!
突然、町中に警報音のような鋭い音が鳴り響き、街灯が赤く点滅し始めた。道行くヒトが大慌てで去っていく。
「何?」
「龍脈災だわ」
【作者のメモ】
・月鈴果は高級なフルーツ
・管理人は魔法蟲の管理に必要最低限な教育しか受けておらず、語彙が低いため片言になってしまう




