第3話 異世界、異形、異常事態
寒い。息苦しい。眩暈がする。目も開けていられない。空気が上手く吸えない。凍えて身体が動かない。このままじゃ、死……。
瞼の裏に、ルーチェの姿が映る。オレはカッと目を見開いた。どうにか上体を起こそうとしたが、身体が重い。
死んでたまるかあ!ルーチェに謝るまで、オレは死ねないぞ!
不意に身体が軽くなった。寒さも和らぎ、息苦しさも薄れた。オレは身体を起こした。辺りを見渡す。
今は夜なのだろう。星明りがやけに明るいので、周囲の状況は分かる。灰白色の砂の大地が一面に広がっている。何かが動いているが、遠くて分からない。オレがいるのは高台なのだ。建物らしき影もある。地平線がやけに丸みを帯びている。
「……異世界に来ちゃったなあ」
言ってる場合じゃないんだろうけど。現実逃避でもしないとやってられない。
「まさかこれが民家ってことは……ないよなあ」
すぐそばにそびえ立っているのは山のように巨大な建造物だ。表面は光沢のある濃紫の鱗のようなもので覆われている。一枚一枚が手のひらサイズだが、この鱗を持つ生物はどんなに大きいんだろう。……これ以上は考えない方がよさそうだ。
建物自体の造りも凝っている。いくつかの尖塔と曲線美を描いている黒い像のようなものが、壮麗ながらどこか不気味な雰囲気を醸し出している。周囲を舞っている巨大でカラフルな飛行物は、蝶か妖精か?地球なら世界遺産に登録されていることだろう。
「雰囲気は完全に魔王城だぞ、こりゃ」
どうしたものか。ノックしてみるか?案外、芸術家のアトリエってことは……ないだろうな。さすがに。
オレが悩んでいると、ふわふわと何かが近付いてきた。藍色の毛が生えた球体が細長い翼をうねらせながら飛んでいる。キュイキュイと鳴き声を上げ、頭には小さな黒い角が生えている。大きさはバランスボール大だ。それにしても見た目が異形すぎる。
「何だ、これ……」
逃げなきゃ。オレは後ろを見て固まった。崖とまではいかないが、急斜面だ。逃げようとしてもコイツより速く走れそうにない。
「そうだ、スキル!」
『異種族友好』とか、使えるんじゃないか?どうやったら使えるんだ?
ふわふわは鳴きながらオレの周りを回っている。角が光ったかと思うと、風が吹いてきた。オレを警戒しているのか?とにかく、使ってみるしかない。
「異種族友好!」
『発動条件を満たしていない』
頭の中でオレの声が響く。びっくりした。どういうこと?そこは無機質な音声が敬語で『発動条件を満たしていません』っていう場面じゃないの?なんて、言ってる場合じゃない!ふわふわに、食べられる……。
ふわふわは片方の翼の先をゆっくりとオレに近付けてくる。ふわりとした感触が俺の頬をくすぐる。
『異種族友好の発動条件が満たされた』
「発動!今すぐに!」
『異種族友好が発動した』
ふわふわは途端にキュイキュイ鳴きながら、しきりにオレに身体を擦りつけてきた。オレはホッとしてふわふわを撫でた。ちょっとかわいいかも。
「テイマーになれそうだな」
異種族友好の発動条件は、対象との接触かな?猛獣相手には難しそうだ。頭の中に聞こえてきた音は何だろう。
「ステータスオープン!」
何も起きない。何か言えよ!『ステータスは表示できません』とかさ。恥ずかしい。
脳内で憤慨していると、再び眩暈がしてきて、オレは膝をついた。寒いのに汗が出てくる。震えが止まらない。ふわふわがキューっと鳴いて、オレの周りを落ち着きなく飛んでいる。
「近くにお医者さんはいる?それか、薬草とかあるかな?」
ふわふわは首をかしげる。言葉は通じないか。オレは歩き出そうとしてよろめいた。
ふわふわはキュイっと飛び上がり、オレに向かって、大きく口を開けた。
「え?ま、待って!」
カプリとオレの頭が暗闇に飲み込まれる。オレの身体は逆さまになった。わー、あったかーい。いや、言ってる場合か!オレが現実逃避をしている間にふわふわは飛び立ったようだ。藻掻いたら墜落すると察したオレは、一切の抵抗を諦めた。ふわふわからは敵意を感じないし、この空間は口というよりカンガルーの袋のようなものだと思う。歯も舌もない。もう、なるようになれ!オレは具合の悪さに負けて、意識を失った。
身体ががくんと揺れて目覚めた。ふわふわはどこかに着陸したようだ。ペッと吐き出される。ふわふわの目の前には巨大な影が立っていた。
身長は二メートル近い。白いトカゲのような頭をしている。目は四つ。二つの目の下に小さな目が付いている。口は耳まで裂け、額にはサイのように灰色の角が生えている。腕は四本、節くれだった指は六本ずつあり、黒いケープのようなものを着ている。魔王みたいだ。
「キュウキュウ、キュイ!キュキュキュイ!キュー!」
ふわふわは黒ケープに向かって鳴きながら、オレを翼で指した。
「ブーン、ブンブーン、ブブブ、ブーン」
黒ケープから虫の羽音のような音がする。よく見たら、背中に二枚の翅が生えている。トンボの翅のような薄い翅が。ふわふわの鳴き声、黒ケープの羽音、鳴き声、羽音……。
「もしかして、会話してる?」
ふわふわと黒ケープのやり取りはしばらく続いた。時折頷いたり、オレを見たりしながら。間違いなく会話している。まさかと思うけど、この世界の言語、これなの?おいおい、勘弁してくれよ。英語のリスニングでさえ鉛筆転がしてんのに!
ふわふわがオレをカプリと咥えた。またしても足が宙に浮く。ポイと吐き出されたのは、大きな台の上だった。黒ケープの指示で、ふわふわがオレに何やら機械のようなものを取り付けていく。身動きが取れない。
「何これ?放して!」
黒ケープを見ると、見るからにヤバそうな器具を持って、耳まで裂けた口でニタニタ笑っている。ドリルやメスのような鋭い金属質の何かが光る。殺される……。
【作者のメモ】
・この時の気温は氷点下である。夜は学ランの冬服を着ている
・夜が『ふわふわ』と呼ぶ生き物のふわふわ部分は全て服だが、夜は気付いていない




