第29話 敵対とスキル
「フローラは何の用があってここに来たの?」
「夜に会いに来たに決まってるでしょ?何でわざわざ言わせるわけ?」
つっけんどんな返答がきた。懐かしいやり取りだ。
「どうしてオレに会いに来たの?」
「別に」
「別に?」
「会いに来ちゃ悪いわけ?」
めんどくさいパターン来たあ。直球で行くか。
「シリウスに命令されてオレを捕らえに来た?」
「は?ウチ一人でアンタを捕まえられると思ってんの?」
知るか!水平思考クイズじゃないんだぞ!まあ、捕まえに来たわけじゃないなら放っておいていいか。
「オレたち、例の女性を探しているから、また後で」
「ウチも一緒に行くわ」
「どうして?」
「戦力は多い方がいいでしょ?」
オレは露骨に溜息を吐いた。断るのもめんどくさそうだ。
「戦いに行くんじゃなくて、対話しに行くだけだけどね」
「分かってるわ。それより、結局その子は誰なのよ?」
フローラはルーナを指し示した。ルーナはオレの後ろに隠れた。
「色々あって預かっているんだ。ルーナちゃんっていうんだけど、ずっとお兄ちゃんと暮らしていたから、知らないヒトに会うと緊張しちゃうかな?」
フローラは竪琴を優しく鳴らした。ノクターンやララバイを思わせるような、静かで落ち着ける曲調だ。
「初めまして、ルーナ。ウチはフローラ。魔王様の妹にして魔王副官よ。お姉さまと呼んでいいわ」
「あたしはルーナ、ヨ。フローラねぇ、よろしくね」
ルーナはぺこりと頭を下げた。
「綺麗な目をしてるわね。亜龍の目みたい」
「亜龍じゃないヨ。あたし、魔龍だモン!」
「ルーナ!」
ルーナは口元を押さえた。
「え、何?まさかルーナって魔物じゃないでしょうね?」
「まさか」
オレは笑ったが、翻訳珠が赤く光った。はい馬鹿!やらかした。フローラは一歩下がった。
「ヒトだって言うなら、ルーナの個人番号は?」
「……」
「夜にぃ、怖いノ」
誤魔化せそうにない。オレはルーナを抱き抱えた。
「もし、ルーナが魔物だったらどうする?」
「ヒトと意思疎通できる魔物は危険だわ。夜、アンタは見た目に騙されてんの。それ、渡してくれる?」
「ルーナは危険じゃないよ」
オレの足元の土が陥没した。オレの全身が一瞬にして地面の下に落ちてしまって、フローラとシャドウを見上げる形になった。
「サブマスター!」
「それを置いて上がってきて」
オレは腕の中で震えるルーナをギュッと抱き締め、ローブで隠した。
「フローラ、話し合おう。ルーナのことを詳しく話すよ」
「夜、魔物に魅入られたヒトはみんなそう言うの。どいて」
「嫌だと言ったら?」
返事の代わりに氷柱が降ってきた。そっちがその気なら、ルーナを守ってやるよ。献身を発動する。
『献身が発動した』
オレはルーナを抱えて飛び上がり、シャドウの後ろに回った。
「ルーナを守って、シャドウ」
「かしこまりました」
オレはルーナをシャドウに託すと、フローラに向かって駆け出した。波打ち続ける地面より速く、オレはフローラの目の前に躍り出た。フローラの放った水弾が頬を掠めたが、無視してフローラを押し倒した。馬乗りになって魔力銃を突き付ける。
「ルーナに手を出すな」
「アンタって本当に甘いのね。今度、高等魔物による被害について教えたげるから、それで許してくれるかしら?」
オレはハッと振り向いた。シャドウの背後に巨大なゴーレムが出現し、シャドウのシールドを叩き割ってルーナを潰そうとしている。ルーナはシャドウの腕から抜け出すと、向日葵色の龍の姿に戻った。その周囲には風が渦巻き始めている。
「召嵐!!!」
ルーナの咆哮が響き渡る。木々が激しく震え、石が吹き飛び、砂埃が舞い上がる。風は刻々と強さを増していく。木の幹が切れて、石は粉々になり、地面を削り取って嵐が広がっている。
「な、何よあれ、スキルじゃないでしょうね?」
「マズい。逃げよう!」
オレとフローラは車に駆け込んだ。車を全速力で走らせると、あっという間に巨大な龍は姿が見えないほど遠くになった。しかし、嵐だけはしっかりとついてくる。車内に衝撃が走り、映像は乱れて消え、ミシミシという音が響く。車がバラバラになり、オレたちが挽き肉になるのもそう遠くない未来だろう。
壁に亀裂が走った。風が雪崩れ込んでくる。もう駄目だ。オレは目を瞑った。
全身が打ち付けられる衝撃で、肺の中の空気が押し出された。脳が痛みを認識する頃には、ひんやりした砂の感触と空の緑の眩しさがもつ意味も分かってきた。オレは車外に投げ出されている。嵐は止んでいるようだ。
「フロー……ラ」
フローラは百メートルほど先で倒れていた。小瓶を取り出して飲むと、立ち上がってオレの方まで来た。オレにも小瓶を手渡してきた。回復薬だろう。オレは一気に飲み干した。ランのような香りと甘酸っぱいとろりとした味わい。全身の痛みがスッと消えた。
「あれは何?」
「ルーナのスキルだと思う。オレも詳しくは──」
「違うわ。あの魔物は何なのか訊いてんのよ!一頭でこんな災害を起こせるなんて、化物じゃないの!」
フローラは魔龍のことを本当に知らないようだ。
「フローラの手に負える魔物じゃないことだけは確かだね」
オレはフローラから距離を取った。ルーナとシャドウが心配だ。戻ろうと思ったら遠いが、フローラは邪魔しないだろう。
「オレは戻るから、今のうちに逃げたら?」
「アンタ正気!?殺されるわよ。一緒に逃げなきゃ」
「シャドウを置いてはいけない」
「あれはただの機械でしょうが!」
フローラが腕を掴もうとするのを振り解いた。言い返そうとすると、何かが高速で近付いてきた。
「サブマスター!」
「シャドウ!」
シャドウが走ってきている。背中には人間姿のルーナを背負っている。シャドウはオレの前で止まった。ルーナはぐったりして荒い息をしている。熱がありそうだ。オレはルーナの頭に手を当てた。熱い。
「ルーナちゃん!」
返事はない。どうしよう。病気だろうか。どう治療したらいいんだ?オレは久々に何も分からないことが怖くなった。
【作者のメモ】
・魔龍と亜龍は同じような爬虫類特有の金色の目をしている
・高等魔物とは、魔力の大きさに関わらず、知性が高い魔物のこと。ヒトを騙して襲うことがある




