第26話 魔龍の義兄妹
臙脂色の魔龍は黄色い魔龍と共に降り立った。臙脂色の魔龍は黄色い魔龍を後ろに庇い、じっとオレを見据えている。魔力砲を撃ち込む隙はなさそうだ。絶体絶命だな。冷や汗が背を伝う。
死ねない。ルーチェを探し出すまでは、死ねない。何としても、生き延びてやる。
臙脂色の魔龍は手足の鱗が少し剥げたり傷付いたりしている。胴の右側の鱗だけ色が薄い。毅然とした態度で黄色い魔龍を庇ってはいるが、彼の方が酷い手傷を負っている。
そうか。この魔龍は、古代遺跡の地下から逃げ出してきたのか。あの場にあった魔龍の死体、魔法蟲の苗床とされていたようだが、まさか生け捕りにされてあの場に繋がれ、魔法蟲を植え付けられていたのか?何て惨いことを。オレは魔力銃を構えていた手を下ろした。
「突然押しかけた挙句、手傷を負わせたこと、申し訳ありませんでした。オレたちに争う意思はありません。どうかお話しをさせていただけませんか?」
オレはシャドウを抱えながら頭を下げた。心臓が早鐘のように打っている。臙脂色の魔龍は頭をグッとオレの方に近付けてくる。大きく開いた口には無数の牙が光っている。食べられる?
「ゴホッゴホッ!!!」
臙脂色の魔龍は顔を横に向け、盛大に咳き込んだ。息を整え、オレの方に向き直る。
「失礼致しました。ご丁寧にありがとうございます。どうか敬語など使われませんよう。僕は状況を把握していないもので、何があったのか確認させて頂いても構いませんか?申し遅れましたが、僕はソーレと申します。こちらは卵の頃から僕が面倒をみているルーナです」
優しそうな若い男性の声だ。今までで一番話が分かりそうなヒトだな。オレはそっとシャドウを起動した。激しい眩暈と吐き気、脱力感に襲われた。今までこんなことなかったのに。
「サブマスター!どうなさったのですか?」
「大丈夫……」
「敵の仕業ですね!」
オレは力なく首を横に振った。
「オレは夜、人間だよ。彼女はシャドウ。戦闘用……何だっけ?」
「戦闘用自律魔動機です」
「……そうですか。夜様、シャドウ様、宜しくお願いします」
シャドウの肩を借りても立っていられそうにない。
「お互い、楽な姿勢で話しましょう。ルーナも座りなさい」
「なんで?人間はにぃにをイジメたんだよネ?」
ソーレは寝そべるように座り、ルーナの頭を撫でている。オレが横になろうとすると、シャドウが膝枕してきた。止めさせる気力もない。
「ルーナ、何があったかお兄さんに説明しなさい」
「にぃにをイジメた人間がいたから、やっつけようとしただけだモン」
「ルーナ、お兄さんとの約束、覚えていますか?」
ソーレの声色が低くなった。ルーナは耳を伏せた。
「うぅ。にぃに以外のヒトや魔物に会いに行かない」
「よく覚えていましたね。偉いですよ」
「で、でも、この人間、にぃにに悪いことするんじゃないかと思ったノ。あたし、にぃにが心配だったから……」
ルーナの声はどんどん小さくなっていった。ソーレは溜息とも咳ともつかない音を漏らす。
「僕の監督責任です。大変申し訳ありませんでした。夜様、シャドウ様。ルーナ、謝りなさい」
「な、なんでヨ!人間なんかニ!」
「ルーナ!」
ソーレの大声に、ルーナは目に涙をいっぱいに溜めた。かわいそうに。
「そのくらいにしてあげようよ。オレたちが勝手にこんな場所に来たのが悪いんだ。お兄さん思いのいい子じゃないか」
オレが口を挟むと、ルーナの涙腺が決壊した。
「うわああああああん!!!!!」
マズい。ソーレの顔色を窺うと、口角を緩めてルーナを撫で始めた。セーフ?
「夜様はお優しい方ですね。どうも、僕が不覚にも人間に捕らわれてしまってから、ルーナは僕のことを過剰なまでに心配するのです。ルーナ、僕のためを思ってくれたのに、お礼も言わず叱ってしまって、すみませんでしたね。ありがとう。でも、今度からは僕に相談してくれませんか?」
良いヒトすぎる。ルーナはぶんぶんと尻尾を振りながら頷いている。
「うえええん!ごめんなさあい!にぃに、人間さん」
「こっちこそごめんね、ルーナちゃん」
オレはゆっくりと身体を起こし、頭を下げた。もう具合はよくなった。
「あの、夜様、少しご相談があるのですが……」
「どうしたの?」
ソーレはゆっくりとオレに顔を近付けた。鼻息で吹っ飛ばされそうだ。
「ルーナを一緒に連れて行って頂けませんか?僕はこんな身体ですし、あの子の面倒をみられそうにありません。ルーナにはまだ保護者が必要です」
ソーレは小さな声で言った。
「他の魔龍に頼んだ方がいいんじゃ……?」
「知り合いが一頭もおりません。僕はばったり出くわさない限り別の生き物に擬態した魔龍の正体を見破れませんから。本当は僕も擬態すべきなのでしょうが、体調がままならないもので、このような図体を晒しております」
なるほど。それでみんな魔龍のことを知らないのか。
「ルーナちゃんは擬態できるの?」
「うん!見てて!」
ルーナの身体が縮み、五歳くらいの人間の女の子姿になった。髪とワンピースは黄色で、金色の目は爬虫類そのものだ。耳は尖っていて、ぴょこぴょこ動いている。
「上手だねえ!かわいいよ」
「ルーナ、これからは夜様と一緒に行きなさい」
「やあダ!にぃにと一緒がいい!」
ソーレは再び咳き込んだ。ゴロゴロと妙な呼吸音だ。
「ソーレお兄さんは元気になるために、遠くで休みます。元気になったら迎えに行きますから、夜お兄さんの言うことをよく聞いて、いい子で待っていなさい。いいですか?」
「あたしのにぃには、にぃにだけなノ!」
ルーナはソーレの頭に抱き付いた。ソーレの気持ちも分かるが、こんな小さな子を唯一の保護者から引き離したくはない。どうしたものか。
【作者のメモ】
・ソーレはルーナの母龍の知り合い。ルーナの母龍が病気で死んでしまったため、彼女の産んだ卵を代わりに温め、卵から孵ったルーナを育てていた。実の兄ではない
・ルーナが完全な人間に擬態できていないのは、まだ幼いから




