第12話 忍び寄る危機
「気を付けてよ。人間はちょっとしたことで死んじゃうんだから」
オレはくしゃみをした。フローラが慌てて水気を拭きとる。
「アンタがヘンな言い方するのが悪いんでしょ?」
「それは悪かったよ」
そもそも、あの蜘蛛三姉妹はそっくりな見た目をしていた。シリウスとフローラは全く似ていないのに。聞いていいのか悩んだけど、話しの流れで言ってみようか。
「失礼だったら流してくれていいんだけど、シリウスとフローラって似てないよね」
「そう?」
「さっきの三姉妹よりは。この世界では兄弟ってどのくらい似るの?」
フローラの表情は見えないから、発言にはよく気を付けないと。
「ヘンなの。アンタ、お兄の顔もウチの顔も見えてないはずでしょ?お兄は骨で、ウチは布で顔を隠してるから」
あれ、本当に布なのか!感情に合わせて色が変わっていたから、身体の一部だと思った。
「じゃあ、素顔は似てるの?」
「多少はね。あと、あの三姉妹はクローン。研究所のミスかな。魔王であるお兄にだって、クローンはいないから。魔王くらいクローンを作ってもいいのに。ウチだってお兄のDNAからゲノム編集されなければ、もうちょっと強かったかもしれないじゃん。もったいなくない?」
オレはゾッとして言葉を失った。クローンにゲノム編集だって?
「黙り込まないでよ!魔力の量や魔法適性はクローンでも一定にならないらしいから、お兄のクローンを作っても意味ないって言いたいんでしょ?」
びっくりするくらい違う。頭を整理しないと。
「フローラって、シリウスの遺伝情報をもとにゲノム編集をして生み出されたってこと?」
「そ!お兄が優秀な証ね」
フローラは胸を張る。ああ、そういう反応なのね。
「この世界ではその……一般的なの?ゲノム編集って。」
「ううん。普通は研究施設で遺伝子を掛け合わせて生まれるから、ゲノム編集をされる個体はかなり稀なの。『多様性増大促進法』の影響ね」
法律まであるのか。倫理的にどうなんだ、それは。
「全員、遺伝子の掛け合わせかゲノム編集で生まれたの?」
「そうよ。二人で最寄りの研究施設に行って申請書を提出すれば、二人の遺伝情報を掛け合わせてくれるの。お兄みたいに優秀な個体が生まれたら、ゲノム編集を要請することもできるようになるわ。ウチがお兄を超えるくらい優秀だったら、弟か妹も生まれたかもね」
妊娠とか出産とかいう概念はあるのだろうか。ノンデリが過ぎるので、これ以上は何も言わないことに決めた。
「じゃあ、オレのクローンも作ろうと思えば作れるわけ?」
「アンタの遺伝情報がDNAに記録されてんなら、できるんじゃない?」
待てよ。これ、結構ヤバくないか?高価な機器を用意させてこの星でオレを生かすより、オレの遺伝情報から血液を培養した方が遥かに楽だ。もう研究が始まっているかもしれない。その研究が完成したら、オレを生かしておく意味は、完全になくなる。
「顔色悪くない?」
「何でもない。ちょっと疲れただけ。あと何分くらいで着く?」
オレは話題を切り替えることにした。フローラに余計なことを言っても仕方ない。きっと杞憂だ。
「今日中に着くとは思わない方がいいわ」
「嘘だろ!?」
嘘じゃなかった。日が暮れた。まあ、一日が十二時間ほどしかないんだから、こうなる可能性は考えておくべきだったな。これはフローラが末の子を見捨てて車に乗って行こうと言ったのも頷ける。
「アンタって、野宿したら死ぬ?」
「夜中の冷え込みが多分厳しいかも。焚火したら大丈夫だと思うけど」
「弱っちいね。ウチ、火魔法使えないの。その辺の枯れ枝を集めて」
オレは辺りを見渡した。灰白色の砂、空を飛んでいる白いふわふわ、地を這う黄色い尺取虫、地面から生えた青紫の葉っぱ……。どれが枯れ枝だ?
「どれを拾ったらいいの?」
「そんなことも分かんないの?これよ」
フローラは空を舞う白いふわふわを掴んだ。ふわふわは簡単に摘ままれた。
「分かった。ありがとう」
オレは学ランの上着を脱いで、ふわふわを集めた。
「これでいい?」
「ま、いんじゃない?こん中に入れて」
フローラは土でかまどを作っていた。オレはふわふわをかまどに放り込んだ。フローラは何か道具を取り出して、火をつけた。火は赤くて見覚えのある姿で安心感さえ覚える。ただ、煙は灰色でシナモンのような強烈な香りがする。
「オレが辺りを見張っておくから、フローラは休んで」
「んー、じゃ、交代する時起こして」
フローラは火から少し離れて横になった。やがて辺りは微かな星影の他、闇に覆われた。かまどの火が赤々と燃えている。何時間も煌々と。
遠くの茂みが微かながら不規則に揺れている。怪しい。気のせいかもしれないとも思ったが、オレはフローラを起こすことにした。
「ん。見張りの交代?」
「向こうの茂み、何かがいる気がするんだけど」
「あ、ホント。魔狩りの群れかしら。魔力の多い生き物を集団で狩りに来るの。相手の魔力が多いほど大群でやってくるわ。ま、大した敵じゃないわね」
ここに膨大な魔力を持った戦闘力ゼロの男がいてもか?オレは慌てて辺りを見渡した。よく見たら、地面の色がやけに暗い。
「逃げよう、フローラ。今すぐに!」
「何よ、そんな怖い顔して」
「いいから、早く!」
地面が迫ってきていた。まるでアリの大群のように小さく、黒い虫のような何かが這ってきているのだ。静かに淡々と、しかし着実に破滅の足音が聞こえてくる。地を覆うほどの群れとなって。
「きゃああああああああああああ!!!!!!」
フローラはハープを凄まじい勢いで掻き鳴らした。この状況は流石のフローラでも手に負えないか。
「ムリムリ、キモすぎ、来ないでえ!」
思ったより余裕そうだな?
【作者のメモ】
・『多様性増大促進法』により、ある二人組の遺伝子を組み合わせて生み出せる子どもは一人までとされている。人口の維持のためには一人が複数のヒトと遺伝子を組み合わせる必要がある
・フローラのヴェールの色が変わるのは、魔法布だから。顔が見えない分、感情を分かりやすくしようというフローラの気遣い




