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 JRの新宿駅から総武線のホームまで階段を上ったり下りたりを繰り返す。彼女は明るい表情で迷うことなくまっすぐに進んでいく。


「あの、どちらに・・・」


「いいからついてきて」


 彼女に会ってから、ずっとこうやって振り回されている。活発なのは予想がついていたが、こういうタイプだとは想像できなかった。


 人混みを交わすので精いっぱいで、彼女とゆっくり話ができない。新宿で待ち合わせたから一時間半が経過している。このまま振り回されたまま終わってしまうのではないかという不安で焦っている。


「想像以上に混んでいるものだね」


 バスケの試合さながらに、すいすいと小柄な体で人混みをすり抜けるので、ついていくのもままならない。ただし、彼女から光が出ているようにその姿をはっきりと捉えていた。


 息を切らしているのを悟られないようにしながら、やっとの思いでホームにたどり着いた。やはり、現役の選手だけあって階段を安易と登っていく。こちらも毎日の通学やアルバイトで走り回っているが、体力の差を感じる。足を気にしてこのペースなのだから、本来の速さであれば見失っていたかもしれない。


「やっと着いた」


「新宿はよく来るの」


 初めて明確にした質問は実にどうでもいいような話になってしまった。聞きたいことは山ほどあって、すべて聞けるかずっと不安だった。


「遠征で電車使う際には経由するけど、あまり降りたことはないかな。こんなに人がいるなんて思わなかった」


「道に詳しそうだったから、慣れているのかと思った」


「うーん、次は水道橋だけど、人多いかな」


 聞こえないふりなのか、質問とは違う話をしながら電光掲示板を眺めている。別に変な質問ではないはずだが、深くは考えなかった。


「人混みは苦手」


「うん、小さいから埋もれちゃう」


 改めて向き合うと、話したかった話題に繋がらない。周りに人がいるのも大きい。プライベートな話題はあまり話を聞かれたくない。


 電車に揺られて、ついたのは水道橋。彼女は迷うことなく歩いている。東京ドームが見えてきたが、彼女は遊園地の方へ向かった。


「ジェットコースター乗りましょう」


「えっ、これに乗るの」


 遠くから聞こえてくる悲鳴のような声の正体。ジェットコースターは苦手で、人生で一回しか乗った経験はない。その時に、一生乗らないと心に誓っていた。


「うん。ネットで見て、絶対乗りたいと思っていたの」


 目を輝かせている彼女に、断る選択肢を削られていく。孫を遠くから見ている爺さんのように下で待っていると言いたいが、この年齢でそれが不可能なのは火を見るよりも明らか。


 覚悟を決めろ。何のために来たのか。


 別に彼女と付き合えるとか考えているわけではない。しかし、この貴重な、いや、人生で絶対に今後訪れない奇跡に彼女を悲しませるような出来事を刻みたくない。


「楽しみだね」


「・・・本当に」


 嘘がばれないように言葉に出したが、引きつっている表情であっさりバレた。怪訝そうな表情がこちらに刺さる。


「嫌ならやめよう」


「そんなことない」


 彼女の足が止まった。


「私の好きなことをさせてもらう約束だけど、嫌なものを強制するのは違う。だから・・・」


「ただ・・・苦手なだけ」


 恥ずかしさはあった。彼女には嘘はつかない。決めていた意思が口を動かした。


「じゃあ、やっぱり・・・」


「でも、堀之内さんがやりたいことは一緒に体験したい」


「そうなの」


 じっと視線を向ける。本音なのに、彼女の視線のせいで変な表情になっていないか気になる。憧れだった人間が自分に話しかけて、自分なんかを見ているのだ。


「わかった。なんかごめんね」


「謝らないで。話しにくい」


 先程の言葉をわざと返した。彼女の表情が緩む。


「言い返されちゃった」


 ケラケラ笑ってくれたので安心した。こういわれて、カチンとくるような性格ではないようだ。


「行こうか。あっちでチケットを買うみたい」


 再び歩き出した。ジェットコースターへの恐怖心がなくなったわけではないものの、ここまで言って、もう後戻りはできない。


 場所なだけあり、ほとんどカップルが並んでいる。彼女はためらうことなく並んだ。少し前に並んでいる男子四人が彼女をチラチラ見ながら何か話している。


「そういえば」


 やっと止まって話す機会を得た。心臓の鼓動はジェットコースターへの不安と重なり、更に速さを増す。


「堀之内さんって呼び方、あまり慣れないなあ」


 普段の印象とは違い、のんびりと語尾が伸びるような話し方。そして、注意をするときはスマートフォンをじっと見つめている。


「ごめん。でも下の名前は・・・」


「早く慣れてね。そうしないと、距離が縮まらないよ」


「・・・うん」


 からかうように言われても、うまく切り返せない。もっといい返しがあるはず。毎回自分の返答に後悔を覚える。


「ねえ、バスケ好きなの」


 話を変えるように、彼女は訊ねた。サンダルに目を移して、左足をぶらぶらと動かしている。


「えっと・・・」


「嫌いなわけがないよね。いつも見に来てくれたのに」


「実は・・・ルールとか、よくわかっていない」


「えっ」


 驚いたように振り向いた。


「だって、いつも来てくれていたのに」


 今度は、こちらが下を向く。初歩的な質問を予想していなかったのは、完全な準備不足だった。


「最初は、友達に誘われてだけど・・・」


「最近は一人で来ていなかったっけ」


 空気を読んでくれるかと思ったが、彼女は続ける。いや、続けて当然か。想像できない分、気になるに違いない。


「二回目以降は・・・」


 ちらりと彼女を見た。眉間に皺を寄せているが、怒りというよりも困惑したように見ていた。首を傾げてから、軽く息を吐いた。


「そっか。そうしたら、もう少し他のお話をしたら教えてほしいなあ」


「うん」


 頷くしかできず、この話は終わった。


「私に聞きたいことはないの」


「あの、いつからバスケをしているのかなって・・・」


 大きく目を開けてから、彼女は笑い出した。


「さっきはバスケのこと知らないって言って話をやめたのに、また戻ってきた」


「いや、堀之内さんのことを知りたくて」


「そうか。始めたのは中学の時かな。本当は陸上をやりたかったのだけど、友達に強く誘われてバスケ部に入ったのがきっかけ。ひどいのが、その友達すぐに部活をやめてさあ」


 気にせずに話を進めた。


「それで、ここまでうまくなったの」


「ありがとう。元々体操を習っていたし、足は速かったから。あとは単純にはまったのが大きかったのかな。楽しくて、練習終わっても体育館が閉まる時間がくるまで自主練はずっとしていたなあ。バスケってね・・・」


 運動神経の良さは随所に感じる。バスケの話をすると、前のめりになって話し始めた。こちらがルールを知らないのを気遣って、随所に解説を挟む。キャプテン経験もあるだけに、丁寧でわかりやすい。ただ、熱中する彼女の横顔に見とれているせいか、話は半分くらいしか入って来なかった。


「ごめんね、一方的に話しちゃった」


 耳が少し赤くなっている。話は続き、順番もあと少しのところまで来ていた。


「本当に好きだね、バスケットボール」


「うん、最近まではね」


 すっと、一瞬で表情が暗くなる。そこまで変な言い方はしていないはずだ。


「どうしたの」


「ううん、ちょっと最近うまくいかないことが多かったから。ごめんね。ファンの前で暗い話はご法度だね」


 タイミングよく、自分たちの番が来た。話はここで終わった。


 ファンサービス。彼女との距離感を考えるのであれば、ちょうどいい言葉と割り切っていた。ただし、その距離感では、彼女は悩みすら話してくれないのだ。


 もっと知りたい。なんでも話してほしい。


 案内係の人の方に向かう彼女の後姿を見つめながら、声に出さない気持ちがふと漏れ出した。

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