第11話 元常連たちの過保護会議
王弟エリアスとの対話で、心がふわりと温かくなるのを感じながら、サヨは控え室を後にした。
彼が昔の客だったという驚きはあったが、何より前世のトラウマを塗り替えてくれるような、その誠実で優しい態度が嬉しかった。
ルシアン王太子の病室は聖女リナに任せている。サヨは、他の四人が待機しているはずの別のサロンへと向かった。
豪奢な扉の前に立つと、中から何やら真剣な、そして極めて物騒な話し声が聞こえてきた。
「——というわけで、サヨさんの安全が最優先だ。近衛騎士をさらに二小隊割いて、彼女の厨房と控え室の周囲を固める。不審な動きをする者がいれば、即座に制圧する」
「待て、レオン。物理的な護衛だけでは不十分だ。食事に毒や呪いを混入される危険もある。僕が厨房全体に最高位の対物理・対魔法結界を三重に張り巡らせよう」
「騎士や結界もいいけれど、一番怖いのは食材のすり替えよ。うちの商会が、王都中の安全で新鮮な食材と水を、専用の馬車で毎日直通で運ばせるわ。検品は私が自らやるから安心して」
「ええ、防衛も大事ですが、根本的な解決も必要です。先ほどサヨさんに不敬な態度を取った者たちのリストを作成中です。まずはあの副料理長と医師長ですね。……サヨさんに失礼を? なるほど。では、その家の帳簿を確認しましょう」
……待って。
サヨは扉のノブに手をかけたまま、思わず天を仰いだ。
中から聞こえてきたのは、間違いなく王国最高峰の権力者たち——王国騎士団長レオン、魔術師団長ノア、大商会長ミラ、そして宰相補佐ユリウスの声だった。
サヨはため息をつき、ガチャリと扉を開けた。
「……あなたたち、ここで一体何をしているの?」
広いサロンの中央にあるテーブルを囲んでいた四人が、一斉にサヨのほうを振り向いた。
「サヨさん! 無事でしたか!」
レオンが、大型犬が尻尾を振るような勢いで駆け寄ってくる。
「ああ、お疲れ様でした。王宮の連中に嫌な思いをさせられませんでしたか?」
ユリウスが、完璧な笑顔の裏に冷たい怒りを隠したまま尋ねてくる。
「私は大丈夫よ。エリアス殿下が守ってくださったから。それより……」
サヨは腕を組み、かつて灯火食堂で彼らを叱っていた時と同じように、四人を順番に睨みつけた。
「さっきの話、全部聞こえていたわよ。レオン、ここは王宮の離宮なの。私みたいな平民の周りに騎士を二小隊も配置したら、それこそ王太子殿下よりも厳重な警備になってしまって、みんなの仕事の邪魔になるでしょう?」
「うっ……し、しかし、サヨさんに万が一のことがあれば……」
「駄目。目立ちすぎるのは嫌よ。それに、ノアも」
サヨの視線が、部屋の隅で大事そうに古いクッキー缶を抱えている黒衣の魔術師団長に向く。
「結界を三重に張るって、どういうこと? そんなことをしたら、他の料理人や侍従たちが厨房に入れなくなって、仕事が回らなくなるじゃない」
「……サヨさんの安全と、王宮の業務なら、サヨさんの安全のほうが優先順位が高いです」
「駄目です。ここは私の店じゃなくて、王宮なんだから。それに、ミラ」
次に目を向けられた豪奢なドレスの美女が、ビクッと肩を揺らす。
「食材を毎日商会から運ばせるって、どれだけお金がかかると思っているの。王太子の胃腸を休めるためには、今はほんの少しの野菜があればいいのよ。無駄な経費をかけないって、お店で何度も教えたでしょう?」
「あはは……つい、サヨさんのためとなると、原価計算を忘れちゃって……」
「駄目。そして、ユリウス」
最後に、銀縁眼鏡をかけた細身の青年をじろりと睨む。
「……一番駄目。何が『帳簿を確認しましょう』よ。あなたの持っている権限は、国のために使うものであって、私を庇うために私怨で使うものじゃありません。絶対にそんなリスト、破棄しなさい」
「……」
笑顔のまま固まる宰相補佐。
王国最強の武人。王国最高の頭脳。王国一の魔術師。王国一の豪商。
泣く子も黙る彼らが、まるで母親に悪戯を見つかった子どものように、シュンと肩を落として一列に並んでいる。
「もう……みんな、少しは自分の立場を自覚しなさい。あなたたちは、私にとっては昔と変わらないかもしれないけれど、この国にとっては欠かせない要人なのよ? こんなことで職権を濫用したら、それこそ大問題になるわ」
サヨが呆れながらそう締めくくると、サロンにはしんと静寂が落ちた。
言い過ぎただろうか。
相手は今や、雲の上の存在だ。いくら昔のよしみとはいえ、一介の食堂の女将がこんな風に説教をしてしまって、不快に思われたかもしれない。
サヨが少しだけ不安になって四人の顔を窺うと。
「……サヨさん」
レオンが、ぽつりと呟いた。
「叱られた……」
その顔は、なぜかちっとも反省しているようには見えなかった。
むしろ、頬を緩ませ、目をきらきらと輝かせている。
「ええ。十数年ぶりに、本気で叱られましたね」
「……うん。サヨさんのお小言、懐かしい」
「なんだか、昔の店に戻ったみたいで、すごく嬉しいわ」
ユリウスも、ノアも、ミラも、それぞれが本当に嬉しそうに、安堵の笑みをこぼしている。
彼らは王国の中枢で、常に正しい判断と冷酷な決断を求められてきた。誰かに叱られることなど、もう長年なかったはずだ。
だからこそ、損得勘定抜きで、自分たちをただの子どもとして叱ってくれるサヨの存在が、彼らにとってはとてつもなく愛おしく、懐かしかったのだ。
「ちょっと、反省しているの?」
「はい! 反省しています!」
「じゃあ、さっきの無茶な計画は全部白紙ね。いい?」
「「「「はい!」」」」
揃って元気よく返事をする四人の要人たちを見て、サヨは思わず吹き出してしまった。
「ふふっ……もう。本当に、中身はあの頃のままなのね」
権力と陰謀が渦巻く冷たい王宮の中で、この四人といる時だけは、まるであの温かい灯火食堂にいるような安心感があった。
それにしても。
「叱られた……」
なぜか騎士団長は、よほど嬉しかったのか、尻尾を振るような勢いでまだ嬉しそうに呟いていた。




