第89話 本懐
新たなる神域が顕現したことで、状況はかなり俺の眷属たちに有利になったように見える。
このままイレギュラーなことがなければ、撃破できそうなほどだ。
アイカさんたちの状態異常も、俺の魅了を除き、無事に解除されたようだった。どうやら俺の覗き魔の眼球による魅了だけは永続効果になってしまっているようで、そのままだった。
そして逆に、神域による二時間限定のバフが追加で掛かっている。
そう、例の神域のお布団で俺が寝た時になるやつだ。
とはいえ、二人とも見た目にほとんど変化はない。俺の場合と違って。
全盛期の状態にまで若返るというバフで、ほとんど見た目に変化がないという、二人の素の若さが俺からしたら羨ましい限りだった。
そのアイカさんたち二人の身柄も、ここまできていたブラウニーちゃんたちのうちの数人が神域の中央、安全そうなところまで運んでくれたので、とりあえずは安心だろう。
あとはもう少ししたら目を覚ましそうなので、その時次第だろうか。
いったい、魅了状態の二人の反応がどうなるかが、俺には少し気がかりだった。
「――ふぅ、神域が俺の布団も合わせて三つになったから、さすがに何か名前をつけた方がいいよな」
敵の神獣に対して優勢なこと、アイカさんたちもとりあえず心配ないことで、ようやく俺の心にも余裕が生まれる。そうして俺は現実逃避気味にそんなことを呟く。
「うーん。思いつかないや。もう、ヴァルハラと極楽とエリュシオンでいいや」
ちなみに最初の神域がヴァルハラ。
俺の布団が極楽。
新しい神域がエリュシオンだ。
我ながら安直の限り。
まあ、他の人間が呼ぶことなんてないだろうからと俺は適当に名づけておく。
そうしているうちに、ベベちゃんの時跨ぎの覚醒継続時間の期限がまた訪れる。
敵の神獣はまだ数体、粘っている。いよいよ大詰めっぽい。
俺は、綻びポイントを使用して覚醒を継続する。
これで三度目だ。
神域の作成と合わせて、あれほどあった綻びポイントがほぼ枯渇する。
霊羅さんとドッペさんとともに、頑張って集めた分をほぼ使い切った形だ。
しかし、ああやって大量の綻び石を集めておいたおかげで、こうして眷属に大きな被害が出なかったのだ。
――どこかで改めて霊羅さんにはお礼をしないとだな。もちろん、奮闘してくれている眷属の皆にも、しっかり報いてあげないとだけど。
そうして最後のベベちゃんの時跨ぎスキルの継続時間中に、無事に敵の神獣の殲滅が完了する。
「おおっ!! あれ?」
俺は歓声をあげかけたところで、不思議な雰囲気に気がつく。
俺の眷属たち――アビちゃんに、ベベちゃんやジェリーベヒーモスの皆、そしてブラウニーちゃんたちも誰一人緊張を解いていないようなのだ。
「どうしたんだ……もしかして?」
ふと、気がついて敵の神獣の死骸を数える。
「……八、九」
十一体いたはずの、神獣。
そして九体の死骸。
一体分は神域エリュシオンの作成のために使用して消えたところを見た。
それで、十体分。
つまり、敵の神獣がまだ一体、生き残っている。
「なるほど、一時撤退して再度攻めてくるかと、アビちゃんたちは思ってる……ってあれ。その一体っていつから居なかったんだっけ」
なんとなく嫌な予感がした俺は、覗き穴ガンマから目を離すと、窓へと向かう。
スキル粗探しを使用していたのは、たまたまだ。
カーテンの外は、雹に覆われたままの街並み。
「……そう、だよね気のせい――」
俺の頭の上のドッペさんが、ぎゅっと俺の頭を締め付ける。
これは、何かを伝えたい時の仕草だ。
「どうしたの、ドッペさ……」
上を向きながら尋ねた俺の言葉が、途切れる。
窓越しに見えた上空に、これまで見たことのないほど巨大な、真っ赤な光が見えたのだった。




