第84話 sideとある探索者たち4
「あーあ。せっかく久しぶりのダンジョンだっていうのにー。調査任務とか、だるくないっすかー」
「アイカは降雹の後片付けの方が良かったのか?」
「――先輩、たまに意地悪っすよね。そんなんだから、モテないんすよ」
軽口を叩き合うアイカと先輩の二人の女性探索者。
しかしその声は話の内容とは裏腹に抑制され、遠くまで響かない。そして二人の視線は一切の油断なく、何一つ見逃すものがないように常に周囲へと配られていた。
「モテっ!? いやいや、さすがにそれは関係ないだろ!」
「えー。先輩の友好関係ってぇ、例のつまらない男友達とー、憧れの姫君とー、あとは僕ぐらいですよね? これってモテてます?」
「――黙秘で。それより、そろそろ預言者の告げたという、ポイントじゃないのか」
「もう。はぁー。この調査も結局、例の姫様が固辞しやがったから、僕らにお鉢がまわってきたんすよね」
「ああ。まったく光栄なことだな」
本当に光栄に思っている風の、先輩。
その先輩の瞳に一瞬だけ煌めいた憧憬の光。それを、アイカは尊いものをみたかのように表情を緩めかける。しかしすぐさま、そんな自分に嫌気が差したかのように渋い表情を浮かべる。
「預言者カルシカ・カルシファー様の預言かー。救済の狼煙が溢れ出す、でしたっけ。ダンジョンで狼煙って一体、なんですかねー」
「それはわからないが……しっ!」
何かを察知した様子の先輩。一気に緊張感の増す、先輩とアイカの二人。
その視線の先。ダンジョンのけっして狭くない通路いっぱいに、何か砂埃のようなものが舞っているのが遠くに見えた。
それを見た二人は、ベテラン探索者ゆえに顔が引きつっていく。
ダンジョンで砂埃が立つことなど、通常あり得ないのだ。ダンジョンの壁や床は基本的に破壊不可の、謎の物質で出来ている。
つまり、埃や砂塵の類は、通常では発生しない。
それなのに、だ。
あの砂埃は、何かが移動し、それにより本来は破壊不可のはずの壁か床が破壊され、その粉塵が舞っているのだ。
それだけで尋常ならざる事態だと、二人は理解する。
ダンジョンの破壊不可の理を上回る存在が、そこにいる。
「アイカ、離脱するぞっ!」
先輩のその判断は適切だった。生存しての帰還を最優先とする探索者として、これまで生き延びてきた長年の経験と勘による、素早く的確な決断。
しかし、それでも遅すぎた。
「――っ! ダメ、みたいです。先輩、だけ、で、も」
何をされたのか、全く分からないままに地面に崩れ落ちていくアイカが、とっさに先輩へ叫び返す。すでに口の動きも、ままならない。
アイカにとっては、攻撃されたのかすらもわからない何かにより、自由と四肢の力が奪われた。
力を失い、辛うじて意識のみ有したアイカの瞳に映る景色が、スローモーションになる。
絶望に染まっていく先輩の顔。
その先輩の顔がアイカの直ぐ前、まるでキスをするかのような距離にまで、近づいてくる。
先輩の片手がアイカの背中に触れるのを感じる。
そうして、立ち上がり踵を返して走り去っていく先輩の、後ろ姿。
――もう、あんな顔しないで下さいよー、先輩。でも、良かった。先輩だけでも逃げられた。
絶望の中の、そんな奇妙な平穏を感じるアイカ。
すでに自身の生存は諦めていた。
ただ、先輩だけがちゃんと逃げてくれたことに、この上ない喜びを抱く。
小さくなっていく先輩の背中を目に焼き付けるようにしている時だった。
先輩の手に、何かが握られているのに、アイカは気がつく。
――あ……バカバカバカっ!バカ先輩っ!一人なら、僕を見捨てれば、もしかしたら逃げられたかもなのにっ!
先輩の姿がダンジョンの通路の角を曲がり見えなくなった時だった。
先輩の手から伸びていたのは一本のロープだった。その先端は、アイカの背中側のベルトに縛り付けられているのだろう。
それが強く引っ張られる。
ぴんっとロープがはり、ズルズルと優しく、しかし力強く、アイカの体が倒れた場所から先輩の方へと引きづられていく。
――攻撃、僕にはまったく感知できなかったのに。先輩は何か感じたんだ。それであの影まで身を潜めて……。本当にバカだよ、先輩。先輩だけなら、生き残れたかもしれないのに。死んでしまったらもう、先輩の憧れの姫君を見ることすら出来ないのに。
ズルズルと、アイカの体は着実に先輩の方へと近づく。
しかし、結局、すべては遅かった。
遠くに見えていたはずの砂埃が、いつの間にかもう、二人のすぐそこまで、近づいていたのだ。
それだけ近いと、もうもうとした砂埃を通してでも、その姿が判別できる。
それらは、見た目も大きさもバラバラな姿の、十一体の獣たちだった。




