第76話 山道にて
「ヒィッ!」
ヘルメットのかわりに、ドッペさんにアビちゃんの姿で頭部を覆ってもらった俺の口から、そんな悲鳴が漏れる。
俺は今、霊羅さんのなんだかとてもスタイリッシュでパワフルなバイクの2人乗りの後ろにのっていた。
単純に怖い。
立ち往生した車の隙間を縫うように高速で駆け抜けるバイク。
タイヤの下ではバリバリと雹が割れ続ける音。
俺は、バイクの後ろに乗るのはこれが始めてだ。なので推測だが、こんな悪路でこの速度で走り続けられる霊羅さんの運転技術は、相当高いのだろう。
「速度を上げます。もっとしっかりくっついてください!」
「ひぃぃ……」
もう、俺の口からは悲鳴しか出ない。
それでも腕に力を込めて体を密着させると、事前に霊羅さんから言われたように、霊羅さんの体の左右の動きに合わせ、俺も頑張って右へ左へと体を傾ける。
とはいえ、目も開けられないぐらいの、速度。
俺は伝わってくる霊羅さんの体の動きだけを頼りに、体を必死に左右に振る。
頑張って薄目を開ければ、霊羅さんの体越しに、すぐそこには高速で流れていく雹に覆われた地面。そして頭の横、すぐを通りすぎていく、立ち往生した自動車の車体。
──怖い、怖すぎる……
再び目をぎゅっと閉じる。
幸い、バイクの進む先は最初にドッペさんが嗅覚探査で大まかな方向は示していてくれていた。あとはドッペさんが体の一部を俺の頭から伸ばして霊羅さんに直接指示してくれているようだ。
余裕のない俺としては、これはとてもありがたい。俺にはいま、そんな余裕は一切なかったので。
疾走するバイク。
恐怖の一瞬の、無限の積み重ねの果て、気がつけば俺たちの乗ったバイクは市街地を抜け、山道のような場所にいた。
車の隙間を縫うような、こまかな動きは減った。一方で、積もっている雹の残り具合はこっちの方がひどい。
さらには、霊羅さんがなぜか速度をあげたことで、バリバリという雹の割れる音も、より一層うるさい。
そのせいでか、縦方向の振動が酷い。
こんな悪路でもびくともしない、信じられない程の体幹をほこる霊羅さん。
振り落とされないように、俺は無様にしがみついているしかなかった。
「止まりますっ!」
そんなときだった。
わざわざ声を出して教えてくれる霊羅さん。
次の瞬間、急ブレーキのかかったバイクの車体が、雹に覆われた路面を横滑りする。
「ひゃいっ」
悲鳴混じりの返事をした俺の目にも、霊羅さんが急ブレーキをかけた理由が飛び込んでくる。
モンスターだ。それも複数。
それを見て最初に思ったのは、時空の綻びが、ゲート化してしまったのかもしれないな、と言うこと。
俺の頭をよぎる、スタンピードの可能性。
その光景は、前に遭遇したときのことを、嫌でも思い出さずにはいられなかった。
そうして完全に停止したバイクの上で、霊羅さんが上体を起こしながら悠然とヘルメットを脱ぐ。
「ちょっと《《しっかりしてきます》》ので。すいませんが、離して頂いても?」
「あ、す、すいませんっ! すいません!」
力一杯抱きついていた両腕を、俺は慌ててほどく。思わず両手を挙げたまま何度も謝ってしまう。
そうして、俺の腕が離れるやいなや、勢いよくバイクから飛び出し、モンスターたちへと向かう霊羅さん。
まるでこれこそが生き甲斐、生きる命題だとばかりに歓喜の表情を浮かべて、縦横無尽にモンスターを倒していく霊羅さん。
その姿は、俺が始めて見かけた時のままだ。
いや、あの時よりも、明らかに生き生きしているように、このときの俺には見えたのだった。




