第75話 着信音
「やばい、電車も完全に止まっているし、各地で車も立ち往生してる……交通網が完全に麻痺してるぞ、これ……」
俺は、ドッペさんと雹に覆われた道に立ち尽くし、天をあおいでいた。
自宅の周辺の綻びポイントは、だいぶ前に、あらかたとりつくしている。
そして、遠方に出向こうにも、俺には今、使える足がなかった。
公共交通機関はこの雹により軒並み運休。そして、もしもレンタカーを借りれたとしても、やはりこの降り積もった雹のせいで、道路自体がひどい渋滞になっているようなのだ。
完全に、手詰まりだった。
いつ、神域に敵の襲撃があるかわからない現状。俺は気ばかりが焦っていく。
ドッペさんも霊羅さんの姿で、そんな俺を心配そうに見ている。
「──ああ、ごめん。心配させているよね」
俺がハッと気がつきドッペさんに謝る。
名もなき底辺市民、兼、自宅警備員な俺だが、ドッペさんは眷属で、一応はこんな俺が主なのだ。
俺が無理やり笑顔を見せると、ドッペさんも霊羅さんの顔で微笑みを浮かべる。
「──ダメもとで、電話してみるか」
俺はドッペさんの顔を見ながらスマホを取り出すと今日新しく登録したばかりの番号にかける。
すると、近くの電信柱の裏の方から着信を告げる音色が小さく聞こえてくる。
「「──はい、霊羅ありすです」」
耳元に当てたスマホと、電信柱の影から聞こえる声が僅かなタイムラグで二重に聞こえてくる。
「──あ、すいません、すぐに連絡してしまって……」
「「いえ、いつでもかけて頂いて構いませんよ。そのための連絡先なので」」
「あの……霊羅さん。もしかして、近くにいらっしゃいます?」
「「ええ、おります。一度、スマホを切りますね」」
「あ、はい」
スマホの通話が切れる。
ツーツーという音の中、何事もなかったかのように、声の聞こえてきた電信柱の影から、霊羅さんが現れる。
しかし、霊羅さんが一体そんなところで何をしていたのか、俺が尋ねる暇はなかった。
「お急ぎの様子ですね。それと、そちらはドッペルゲンガーでしょうか?」
「っ! あっ、こ、これは、その……」
霊羅さんの視線の先には、霊羅さんの姿をしたままのドッペさん。
俺はドッペさんがいることが当たり前すぎて、失念していた。動揺のあまり、声がうまく出ない。
「それで、移動のための足を探している、であってますか?」
「あ、あってますが──どうして、それを?それに、なんで霊羅さんはあんな近くに?」
「ふふ。乙女の秘密です。なので、私もそちらの件について深くは聞かないので、そこはお互いに、是非、そっとしておきましょう?」
ドッペさんへ意味ありげな視線を送ったあと、顔を少し伏せ上目遣いになり、もじもじとし始める霊羅さん。
あの肉食獣のような瞳のまま、そんな仕草をされているのだ。しかもなぜだか、霊羅さんには怒っている素振りは一切ない。
明らかに、霊羅さんの姿のドッペさんに、俺がまるで良からぬことをしていたのではという示唆を、霊羅さん本人からされている状況なのに、だ。
俺はあまりの事態に、思わず絶句してしまう。
そして、その俺の沈黙を、霊羅さんはどうやらお互いにそっとしておくことに、俺が同意したと見なしたようだ。
「──さて、さっきも言いましたが、お急ぎでしょう。近くに私のバイクが停めてあります。二人乗りで良ければ、送れますよ。こちらです」
「──はい」
それは完全に霊羅さんのペースだった。俺はせめてもの羞恥心からドッペさんをアビちゃんの姿にする。
そして、雹に覆われ歩きにくそうな地面からアビちゃんを掬い上げ頭の上にのせると、霊羅さんのあとを着いていくのだった。




