第73話 ジェスチャー
霊羅さんと別れて帰ってきた部屋に、霊羅さんと同じ姿をしたドッペさんがいるのが、改めて不思議な感じだった。
ドッペさんを見ていると、自然と霊羅さん本人から言われたアドバイスを思い出してしまう。
霊羅さんはなぜか、俺が力を使うことを否定しなかった。霊羅さんの立場であれば使用を強く止められ、関係機関への通報もすすめても全くおかしくない。
そして俺も、心のどこかでそれを望んでいた部分もゼロではなかった。
しかし、実際の霊羅さんの意見は俺のそんな予想と真逆だった。もちろん、色々とその意見の理由を告げてはくれていたし、そのどれもが嘘には思えなかった。だが、たぶんそれだけではないはずだ。
何か、口には出していない理由。霊羅さんの利となることが当然、あるのだろう。そこの部分は、霊羅さんに相談しようと決めたときから俺も想定していた。
とはいえ、その思惑がどういったものかは、俺にはまったく想像もつかない。
それでも、こうして連絡先を教えてくれ、さらには助力まで申し出てくれたのだ。
明言はしていなかったが、国防軍への口利きまで匂わせていたし、プラチナランクの霊羅さんならそれも十分に可能だろう。
なので、霊羅さんの思惑にのせられることになるにしても、俺の現状から考えればその助力の申し出は十分に助かるものだといえた。
「あとは、この『審判』を使わないといけない機会が、来ないといいんだけど……」
俺の呟きにこてんと首を傾げるドッペさん。
「ああ、ごめん。独り言。そういや、アビちゃんはまだ深淵に?」
こくこくと頷く、霊羅さんの姿をしたドッペさん。
「どれどれ……」
俺が覗き穴ベータを覗く。
すると、神域がなんだか騒然としている雰囲気だ。特に、ブラウニーちゃんたちがパタパタとかなり忙しそうに作業をしている。
「……なんだろう。つくってる。防壁、みたいに見えるけど……」
それも、単なる壁ではなさそうだ。
ブラウニーちゃんたちが基礎となる部分を建て、そこにベヒーモスズのうちの一体が何かしていた。
緑色の足先のベヒーモス。
それはよく、風で食材をミキサーにかけるように混ぜて、ブラウニーちゃんたちの料理のお手伝いをしている子だった。
「──壁を削って整えている? いやちがう。壁自体に属性を帯びさせているんだ。壁から風が出るようにしてるのか……。あ、種族が変わってる!」
たぶん聖骸を食べて俺が見ていない間に変化したのだろう。
鑑定スキルでみると、緑色の足先のベヒーモスが、今ではジュリーベヒーモスという種族になっていた。ちょっと名前の響きが可愛い。
「それにしても、ものものしい雰囲気だ。ドッペさんは、何か知ってる?」
ふるふると首を横に振るドッペさん。
そのあと、自分を指して両手で丸を作ると覗き穴ベータを指差す。
「あ、ずっと霊羅さんの姿だったんだ──」
なぜだか俺は少し恥ずかしくなる。
「アビちゃんの姿にするね。ちょっと向こうの様子を見てきてくれる?」
さっとアビちゃんの姿になったドッペさんがふよんと一度跳ねると、覗き穴から深淵へと向かってくれる。
そのまま待つこと、しばし。
体感的にはすぐに、ドッペさんが戻ってくる。
そしてすぐさま、ドッペさんが霊羅さんの姿に変わると、何やら全身を使ってゼスチャーを始める。
まずは片手の人差し指を立てて額の前に当てるドッペさん。
「ええと、角。だから、べべちゃん──を叩く? あ、攻撃するか──で、次が、神獣? ──たくさん、くる? ──えっ? えっ!」
どうやら、アビちゃんたちは、べべちゃんを攻撃するため、敵の残りの神獣たちが大挙して押し寄せてくると思っているようだ。そのために、神域の防御を固めようと忙しく動いているらしい。
これはどう考えても、俺が審判の実行を保留したことで、今まさに神域が危険な状況になりかけていた。
『審判』を使用するか否か、俺が思い悩む機会。それがこうして、早くも訪れようとしていた。




