第72話 不安
「つまり、ダンジョンに関する、望まぬほどに強大な力を手にしたことで、不安に思われている、と」
「そうなんです」
俺は霊羅さんと崩れかけた電信柱のところで立ち話をしていた。
滔々と話してしまってから、場所を変えた方が良かったかも、と気がついたのだ。
だが、話の内容的には、あまり人のいるところで話したいものではなかった。
なので、喫茶店に誘う、という訳にもいかず。それでいえば、近くにある俺の家の部屋も、色んな意味で言語道断だ。
そんな訳で、霊羅さんには大変申し訳ないのだが、こうして立ち話となっていた。
その霊羅さんは、俺の立ち話に文句一つこぼすことなく、とても真摯に俺の話を聞いてくれた。
まるで、一言一句聞き逃さないようにしてくれているように、真剣にだ。
それだけでも、根はとてもいい人なのが伝わってくる。その霊羅さんが、一呼吸おいた後に口を開く。
「──私にはそれは強大な力を持つのに、まさに相応しい姿勢に思えますね」
「ええと、それはどういうことで?」
俺の話に対して告げられた霊羅さんの言葉。
その意味を改めて俺は尋ねる。
「まず、具体的にどういう力なのかがわからないので、私の推測に過ぎないという前提で聞いて下さいね」
「それは、もちろん」
「一つ確認ですが、真に望まぬ限りは、その力を振るわれることは無いわけですよね?」
「──そう、です。間違いなく」
しばし悩み、告げた俺の返答に得心したように、うんうんと頷く霊羅さん。
「であれば、そうして強い不安を抱いていることこそが、まさにあるべき力への向き合い方といえます。なぜなれば、その不安があるかぎり、不用意に力を振るわれることはないはずだから。ゆえに、その強き力の持ち主たる資格があると、私は思います」
「そういうもの、でしょうか」
「ええ。人智を越える力は結局、それを得るに足るものの元へと宿ります。それが探索者としてダンジョンに関わってきた私の経験です」
なんだか、人類最高峰の実力を誇るプラチナランク探索者の霊羅さんに力強く断言されると、そんな気がしてくる。
「あとは、不安に思われているのは世俗の各機関の反応でしょうか?」
「あっ、そうですそうです。今更ですが、国防軍へ申告した方が……」
「不要ですね」
「え?」
霊羅さんの再びの力強い断言。
「力の保有が、ばれてしまう可能性はないのでしょうか?」
「ご自身でお伝えしない限り、それはありません」
そんな馬鹿な、と思いかけるも、そう告げたときの俺をみる霊羅さんの瞳に、言葉がでてこない。
「それに、万が一ばれてしまった時でも、その力を振るえば、どうとでもなるのでは?」
「――あ、ええと。確かにそれはなる、かも?」
考えたくはないが、確かにそれどころじゃない事態になってしまうだろう。
「なら、問題はないと思います」
「えっ。それは、いざとなれば力を振るった方がいいと?」
「それを決めるのは私ではありません。しかし、私に相談にいらっしゃるぐらい強く不安に感じている上での、力を使用する決意。そこに至ればもう、否定しようとするものがいたとしても、しょせん、単なる有象無象でしょう」
「あー、いやー、なるほど?」
「それに、良ければ私にも、微力ながらお手伝いさせてください」
「え、それは」
「ここまで相談に乗ったのですから。こう見えて、それなりに各種方面には顔がきくのですよ」
笑顔で片目をつぶり告げる霊羅さん。
冗談めかしている分、逆にその自信が伝わってくる。
「いや、さすがにそれは申し訳なさすぎます」
固辞しようとする俺に、なにか考える様子の霊羅さん。そしていいことを思いついたとばかりに提案してくる。
「でしたら、こうしませんか? 連絡先を交換しておきましょう。何かあったら連絡をください。私の助力の対価として、この深淵の果実を追加で頂ければと思います」
「――それで本当に良いのでしたら、是非お願いしたいです」
俺からしたら破格の条件だ。深淵の果実程度ならいくらでも準備はできるのだから。
「では、成立ですね。こちら、私の連絡先です。連絡だけならいつでも無料でいいですよ」
「ははは。ありがとうございます」
再び、お茶目な冗談風に告げる霊羅さん。
霊羅さんから貰えたアドバイスは、価値観が突飛過ぎてすぐには納得しにくい部分もいくつもあった。
それでも不思議なことに、このとき俺は、霊羅さんに相談できたことで、確かにそれまで感じていた不安が少し和らいていたのだった。




