第71話 相談
足元で、ぱりんと雹が割れる。
地面を覆う雹のせいで、とにかく歩きにくい。
そして歩く度に割れる雹の、三つに一つは何かが混じっているようだった。その混じり物は、遠目には真っ赤な宝石かガラス玉のように見える。
それを一つ足元から拾ってみて、もしかしてと嫌な予感がして鑑定スキルを向けてみる。
すると、反応した。反応してしまった。
『偽竜血結晶:深淵竜の血液を模した成分が一部に含まれた結晶。可燃性が非常に高い。劣化ドラゴンブレスの燃料となる』
俺はそっと見なかったふりをして、それを地面に戻す。これを集めたら、ドラゴンブレスのまがい物が放てるようだ。
そんな、あまり知りたくなかった情報が満載の鑑定結果だった。
というわけで、できるだけ何も入ってなさそうな雹だけを踏んで進もうと、俺は心のなかで誓いながら足を進める。
そうやって、雹に覆われた地面を漕ぐようにして進む俺の目の前に、見慣れた壊れかけの電信柱。
前に若返って通った時に、霊羅さんを見かけた場所だ。
実際のところ、こんな雹が降り積もるような天気で、いまだにここに霊羅さんがいると確信していた訳ではなかった。
それでも、ゆっくりとそちらへ近づく俺の耳に、電信柱の向こうでぱりんと雹が割れる音が届く。
どうやら電信柱の陰に、少なくとも誰かは居るらしい。
とはいえ、まだ声はかけるのはためらわれる。
──人違いだったら恥ずかしいし。
なので俺はそのまま電信柱を回り込むように進む。
すると、俺の足元と、電信柱のちょうど俺のいるのと真反対の向こう側で、雹の割れる音。
──あれ、これって明らかに俺から隠れるように、向こう側の人が移動してるよね?
試しに俺が反対回りに移動すると、向こうも同じ様に動く様子。
「──ええっと、霊羅ありすさん。そこにいますか」
らちがあかなくて、思わず尋ねてしまう。
人違いだったら赤っ恥だ。
「ぁ、ぁ……はい──」
そのまま俺がドキドキしながらじっと待っていると、傾いた電信柱に手をついて、ひょっこり顔だけこちらに出す霊羅さん。
──良かった、霊羅さんだった。こんなにすぐに会えるなんてついてるな、俺……って、あれ、霊羅さんってこんな感じだっけ。もっとこう、なんと言うか……これだと単なる綺麗な女の人、みたいなんだが……
「……あの、突然すいません、俺のこと覚えていたりしますか? 何度か、その──」
霊羅さんが違って見えたせいか、俺は、うまく言葉が出てこない。下手なナンパの声かけみたいになってしまっていた。
なにせ、苛烈な獣に命がけの覚悟で会いにいったら、そこに可愛い女の子がいた、かのようなそんな混乱が俺の頭のなかで起きていた。
「はい──」
霊羅さんからの、言葉数が少ない返事。俺のことを覚えてくれているらしい。そんな霊羅さんの目が、きょろきょろと泳いでいる。
ただ、時たま、ちらりと俺の方を窺うように向けられる瞳には、前に見かけた激しい熱があった。
そう。まさに獣のような、熱い熱い眼差し。
それに、不思議なことに俺は少しだけほっとしてしまう。
──あ、俺の知っている霊羅さんだ。良かった
「──突然、訪ねてしまってすいません。じつは探索者として第一線にいらっしゃる霊羅さんに、どうしても相談したいことがありまして……あ、これ。つまらないものですが」
俺は家を出るときにもってきていた手土産を取り出す。
突然訪ねて、しかも相談を持ちかけようと言うのだ。手ぶらでは不味いと思ったのだ。
とはいえ、相手はプラチナランクの探索者。
富も名声もある相手だ。
「……これは、なんでしょうか?」
「深淵の果実です。美味しいんですよ」
「っ!?」
深淵の果実を差し出した俺の手。
おずおずと、霊羅さんが手を伸ばしてくる。その手がなぜか震えている。とはいえ、受け取ってくれるつもりではいるようだ。
それを、俺はほっとした気持ちで見る。
少なくとも手土産は受け取ってくれるなら、相談事をこちらから話すぐらいはいいはず。
そう判断して、俺はおずおずと自身の不安について、当たり障りのない範囲になるように気をつけながら、口にするのだった。




