第38話 選択してみました
気がつけば俺は走り出していた。
自分でもらしくないことをしているよな、と思わないでもない。
これまでの俺だったら、たぶんおとなしく強制避難の放送に従って、粛々と避難していたはずだ。
社会のルールに従い、波風たてることなく過ごすこと。
それこそが、底辺寄りの一般人が社会という枠組みのなかで生き抜く秘訣だから。
実際、そうやって俺は新卒でなんとか会社という枠組みに入り、無事に無期雇用にまでなれたのだ。
まあ、そこは結局、倒産してしまった訳だが。
そんな俺だが、ダンジョンの深淵を覗いてから今までの間に、変わり始めてしまっていたのかもしれない。
それが何時だったのかは、自分でもはっきりとはわからない。
スキルを手にした時かも知れない。はたまた、ブラウニーちゃんたちの食事を食べた時かも。
ただまあ、銀髪をひるがえし争いへと一直線に向かっていった人の後ろ姿を見たとき、という可能性だって、もちろんある。
そりゃあ、出会ったばかりだ。さらには、その出会い方だって常軌を逸している。
普通に親しみ易さ基準でいえば、アビちゃんに圧倒的な軍配が上がる。それぐらい、行動が読めない人。
ただあの人の獣じみた美しさ。そして圧倒的な熱量を秘めた瞳は、どうしたって印象的ではあった。
そして恐ろしくも美しいものというのは、人を魅了し影響を与えてくるのだと、今回、しみじみと実感させられていた。
そんな、つまらないことをつらつらと考えているうちに、走り出した俺の目の前にはもう、点滅する巨大な赤い光があった。
──昔に比べて、俺の身体能力も上がってる気がする
点滅する赤い光──特大の時空の綻びからは、もう、モンスターが溢れだしそうだった。
というのもゴリラの腕らしきものやら、触手か触椀かわからない、不気味な物体の一部やらが、すでに飛び出しているのだ。
しかし俺はそれにとくに不安も恐怖も感じなかった。
ただただ、覗き魔の眼球スキルを発動したまま、俺は腕を伸ばす。
飛び出た様々な不気味な物体を手で押し戻すようにして、赤い光を両手で挟み込む。
次の瞬間だった。
ぽんっと、赤い光──時空の綻びが、巨大な箱へと変化する。
そして重力にひかれて地面へと落ちると、どしんとした音が、辺りに大きく響く。
元が特大の赤い光だったからか。それは持って帰るのが明らかに無理そうなほど、大きい。
俺はそこで一瞬、迷う。
箱を放置しておくとどうなるか、そう言えばまだ検証したことがなかったのだ。
自然消滅するなら、いい。
もしくは他の人が何かを手に入れるってのも、まあ許容できなくはない。悪用されるようなものだと困るが。
最悪なのは、時間が経つと結局、ゲートになってしまうこと。そしてスタンピードの発生だ。
だから、俺はその場で箱を開けることを決める。
ずんとした存在感のある、これまでで最大サイズの箱の蓋に、俺は手をかけたのだった。




