第25話 sideプラチナランク探索者 霊羅ありす2
「う、そ──な、何で、深淵の入り口を守るとされているはずの深淵竜が、ここにいるの──」
「祝福の業炎! しっかりして、火菜美!」
敵を前にして呆けて呟く火菜美を叱咤しながら魔法を放つ、霊羅ありす。
そのありすが口から放った全身全霊の最強魔法は、深淵竜の気を少しだけ逸らすことに成功していた。
しかし、それだけだった。
その深淵竜の強固な鱗には、焦げ跡一つついていない。
現状、ありす達を取り巻く状況は、絶望的といえた。
ありすたちが行った、他のトップクラスのパーティーとの協議。それを経て、結局、深淵に挑む複数パーティーの共同戦線の結成には至らなかった。
そのため、ありすたち深淵探索同好会は単独パーティーで、深淵の縁を伺う領域までの探索に挑戦しているところだったのだ。
その道、半ばでのまさかの深淵竜との遭遇。
それは、到底、かなうはずもない強敵。
深淵の縁を覗くことを目的とする深淵探索同好会としては、深淵竜の存在は元々とても強く意識していたと言える。
遭遇してはいけない強敵。
圧倒的な絶望の象徴として、だ。
そもそも最終的に、深淵の縁を遠望から一目、見ることに成功したなら、深淵竜に存在を気づかれる前に一目散に撤退する作戦だったのだ。
その避けるはずの深淵竜が、なぜか今、ありすたちの目の前、すぐそこにいる。こちらを明確に獲物と見据えて。
歴戦の物理アタッカーである火菜美が呆けてしまうのも、仕方無いことだろう。
そして、ありすはありすで、深淵に挑む共同戦線の結成が成立しなかったことについて、今更ながらに安堵を感じていた。
万が一、共同戦線が成立していたら、国内のトップクラスのパーティーが今このとき、全滅してであろうから。
そう、目の前の深淵竜によって。
「私が、殿で時間を稼ぐ。皆は撤退を」
深淵竜の前に一人、立ちはだかるように前に出て、手にした杖をダンジョンの床に突き立てながら、ありすは静かに宣言する。
「──そんなワガママは通らないぜ、ありす姫様。俺たち下々の者が、姫を残して、おめおめと逃げれる訳ないだろ?」
普段は冷静なキャラのはずの保坂が、そんな軽薄なことを言いながら、ありすの横まで前に進み出る。
「──保坂、軽口が似合わないよー。ま、でも保坂の言う通りかなー、ありす姫。死ぬときは皆、一緒が良いし」
呆けていた火菜美も、気を取り直したように前に進み出ると、口調とは裏腹に、いとしそうに保坂の背中を軽く撫でる。
例えありすが深淵竜相手に一瞬だけ時間を稼いでも、逃げる途中で残りの全員が殺されるのが確実なのだから、と皆わかっていた。
他のパーティーメンバー二人も同様だ。
仮初めでない、本気の戦意を漲らせ、二人とも目の前の深淵竜へと対峙する。
「深淵探索同好会として、最後の相手が深淵竜なら、まあ、本望だよな」
「だな」
そんな矮小な人間たちのやりとりを気にもしていない深淵竜が、カパッと口を開く。
その喉奥に輝くは、ドラゴンブレスの光。
耐性を持たないと、見るだけで目を焼き、深淵の侵食を覗き見た者に引き起こす、深淵の光だ。
深淵の雫に触れし祝福の魔女たる霊羅ありすは唯一、最低限の邪眼耐性を持っている。なので、光自体には何とか耐えられた。
しかし、他のパーティーメンバーたちはダメだった。
ドラゴンブレスの放たれる前の光を浴びただけで、皆、気絶してバタバタと倒れていく。
「みんな……ごめん。そして、ありがとう」
ありすはそんな倒れた仲間に謝罪と感謝を告げる。
「──あーあ。もしも、あの視線の方が居てくれたら、何か違ったのかな。一目、会ってみたかったな」
そして、一人きりで絶望の前に立つありすの口から漏れたのは、そんな弱音だった。
仲間たちが健在であれば決して口に出来なかったであろう、愚痴。
それは、普段のありすの凛々しい立ち振舞いとは真逆の、心の奥の方で隠していた本音だ。
そして、今際の言葉になるであろうものだ。
それを言葉に出来たことで、不思議と優しげな微笑みを浮かべるありす。
最後の抵抗として、無駄とは知りつつ再び自身の最強魔法で、ドラゴンブレスに立ち向かおうと、ありすがした、まさにその時だった。
突然の地響き。
何かが高速でダンジョンの奥より迫ってくる、音。
「な、に!? ……え、ベヒーモスっ!」
驚愕に見開かれる、ありすの目。
その瞳に映るのは、ダンジョンの通路を高速で深淵竜の方へ突進してくる巨大なベヒーモスの、群れだった。




