65 船場の戦い2
*コウの建て替え
囲碁用語。双方ともに石を採れる状態が発生した場合コウと呼ばれる。コウは相手が取った直後には取り返せず、別の場所に打つルール。その石の取り合いよりも重要(にも見える)な場所を打ち、相手に対応を要求(コウ立て)する事で1手の空きが生まれる。そこでコウを取り返す。こうなると、次は相手がコウ立てを探して打ちこちらに対応を要求する番になる。
ドカーン! ドカーン! ドカーン!
まだまだ接敵は先と、ゆったりと構えていた船場方面の幕府軍最前線に銃弾とは思えない轟音が轟く。
「なんだ!? 何が始まった!」
浅野長晟が周囲に誰何する。だが誰何された側近も応えようがなく、困って側近同士目配せしている。丁度その時、上田宗箇が駆け込みいきなり指示を出し始める。
「銃手はすぐに溝に入れ! 他の者は陣の前に盾・竹束並べて防壁を造れ!」
「宗箇、何事だ。」
「大坂方の銃撃です。」
「銃撃?この距離で?」
「はい、現実に、妙な銃弾が着弾しています。」
宗箇が長晟に円筒形の銃弾?を見せる。
「細長い銃弾?これがあの音の原因か?」
「判りませぬ。が、通常の倍近い距離から撃てるようです。」
「倍!」
「ただ、まだこの玉を撃てる銃は少ないようで、銃撃の密度は大坂方とは思えない、まばらな射撃です。」
「そうなのか?」
「はい、音が腹に響く轟音なので勘違いしますが、着弾数自体は多くは有りません。」
それを聞いて長晟が暫し考える。
「………脅しと牽制………と云った辺りか…。」
「ええ。だいぶ接近してきたので、念のため、我らの突出を警戒しての射撃でしょうな。」
「………それは不味いな。万全の態勢で接触されてしまう。」
「長晟様。寧ろ、これを奇貨として、ジワジワ引きましょう。」
「なに?」
「彼らは掘りながら間合いを詰めています。当然、時間がかかる。なので、我らは後ろに溝を掘りつつ、彼らが迫る半分ぐらいづつ、引きましょう。」
「! それは、左右をコウの建て替えにすると!」
宗箇は中央の浅野勢がじわっと引くことで、大坂方の圧力の多くを左右の蜂須賀と山内に振り替えようというのだ。
「なに、鶴翼の陣に引き込み殲滅するための戦術機動だと言い張れば良いのです。実際、左右は我らより引くのが遅れましょう。よって大坂方もそうそう中央に突っ込んでは来れませぬ。左右も追い立ててから、後に中央になるので………」
「左右が潰走してしまったので、仕方なく我らも引いた………と云うのだな………。」
「ご名答。」
「我が軍師ながら、呆れる切れ味よな。」
「それだけ危険な気配がします。」
「?」
「この長射程銃、本来であれば切り札にギリギリまで秘匿しそうなもの。それを緒戦で切って来たからには………」
「もっと有効な切り札を、まだ敵が隠している………のか。」
「………恐らくは。」
「全く………戦は力比べの場の筈だったのに、いつから知恵比べに代わってしまったのか………」
「これは異な事を。戦は大昔より、知恵比べの場ですぞ。」
「そうなのか?」
「例えば力比べとよく誤解されてきた姉川の戦い。あれは家康殿の謀略が決まった戦だと、某は見て居ります。」
「? そんな場面が有ったか?」
「徳川5千と世に伝えられておりますが、あの当時の三河は武田信玄に圧迫され、一向一揆に足元を崩され、徳川全軍でも6千も動員できればいい処。まあ、多くて3千が姉川の戦での徳川です。」
「…そういわれればそうだが…謀略と何の関係が?」
「三河から姉川迄は当時の徳川としては途方もない距離。到底長期戦などできませぬ。そこで謀略が必要になる。」
「ふむ………」
「そもそもが、浅井・朝倉側が馬鹿正直にいきなり野戦に付き合う義理が無い。浅井が小谷城に籠り、朝倉が遠間から支援し織田・徳川が遠征に疲れるのを待てばよい。これが当たり前の普通の戦です。」
「…なるほど。」
「だがそれで長期戦になれば一番困るのが徳川。そこで謀略を仕掛けた。」
「それは?」
「信長公の許可も得た上で、浅井・朝倉に寝返るかのような言い回しで、
『三河も危機なのに無理やり引きずり出す信長には愛想が尽きた。信玄公からも徳川に度々誘いがある事だし、寝返ろうと思う。ついては、全軍野戦の陣立てにしてほしい。開戦と同時に浅井殿と徳川の双方が相手方に突っ込み混戦にしよう。それを利用して徳川はそのまま三河に帰る。朝倉殿は徳川が抜けた空白の地を進んで、浅井殿と噛み合っている織田の側面を突けば必勝でしょう………。』
と、こんな感じでしょうな。これなら、開戦直後の浅井の異常な戦意と、朝倉のふがい無い戦ぶりの説明がつきます。」
「朝倉は不戦のはずの徳川が本気で突っ込んできたので対応できずに崩壊した…訳か…。」
宗箇が頷き
「それぐらいの行き違いが無ければ、1万にもおよぶ朝倉が僅か3千の徳川に切り裂かれる事などあり得ませぬよ。」
「成程のう………いわれてみれば、徳川の戦、少数で大軍と互角以上に渡り合った多くの戦、小牧の役も大高城兵糧入れも、不自然な点が多々あるな。家康は実は謀略を好むか………。」
「はい。したが、流石に信玄には通用せず、仕掛けていた謀略も不発で三方ヶ原の惨敗になったのでしょう。」
「………まあよい、随分と話が逸れた。そこ迄言うからにはすでに手筈は?」
「小荷駄の後方にすでに掘ってありまする。」
「そうか。ならば、大坂方の何かが判るまでは凹みつつ耐えねばな。」
散発的に着弾する銃弾の中、その時を待つ主従だった。
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ドカーン! ドカーン! ドカーン!
「大坂方、撃ってきます!」
「馬鹿な!こんな距離で………」
「どうされまする?引きますか、阿波守(蜂須賀至鎮)様。」
「それは無理だ。成す術も無く引こうものなら、下手をすれば改易ぞ。」
「ならば、耐えるしか御座いませぬ。」
「接敵迄その場で待機だ!各々、身を隠せるように工夫せよ!溝も使え!射程まで敵が来たら撃ち返せ!………どうした、右近、浮かぬ顔だな。」
「は。何故に大坂方がわざわざ撃って来たのかと、訝しく………。まだ撃たずともそのまま掘り進めて接近できましたのに………。」
「むぅ………確かに………」
疑問はあるが、確たる回答も思い浮かばず、心の晴れない蜂須賀勢だった。
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ドカーン! ドカーン! ドカーン!
「始まったな、重良。」
「は。些か早い発砲ですが、よくも届くものですな。」
「新型銃か。まあ、我らにとっては大差ない。どうせ銃撃戦では勝機は無い。」
「で、土佐守(山内忠義)様。如何様に?」
「このまま溝に籠り、地にはいつくばって待つ。射程に入ろうが撃つな。どうせ然程の効果も得られぬ。十二分に引き付けて後、一斉射。即座に突撃して程々で離脱だ。離脱の期は重良に任せる。」
「大坂方にもそこそこの血を流して貰わねば成りませぬな。」
「勿論だ、でないと改易必至と心得よ。」
「御意に。」
かくて、三者三様、思いは異なるものの、三者同じく大坂方の来寇を待つのだった。




