61 火砲改良
大坂城南、総構のすぐ北に、後に谷町鍛冶屋町と呼ばれるようになった秀吉が鍛冶職人を集住させた地域がある。秀頼一行は今日、仕上がった試作品の実地検分に来ていた。
「こ、これは秀頼様。このような小汚い場所にようこそお出ましくださいました。」
「苦労を掛ける。試していた試作銃と砲が一応出来上がったと聞いた。試射を見せてくれるか。」
「はい、準備はできております。こちらへ………。」
促された秀頼一行が鍛冶町に併設されている試射場に歩みを進める。
「先ずはこちらの銃で御座います。」
通常の頬当ての簡単な銃座のついた火縄銃だ。だがその銃身には緩くライフリングされている。
「ほう、かなり浅い溝であるな………。」
「はい、最初はもっと深く、角度も付けて刻んでみましたが、いろいろ試射してみるとこれぐらいが良いようです。深いと銃身の掃除が大変で、浅くなりました。螺旋が緩くなっているのもこれぐらいで十分効果があったから整備しやすい緩い螺旋で落ち着きました。」
「成程、でその結果は?」
それを聞いて、論より証拠、試作銃を実際に銃手が発砲、見事遠くの的がはじけ飛んだ。
「御覧の通りです。従来は半町、名手でも一町(50~100m)が狙って当てられる距離でしたが、それが倍程に増えました。」
「おお、それは凄いではないか!」
「はい、ですが、弊害も有ります。螺旋の溝に火薬滓がこびりつきます。5発も撃てばじっくり掃除しなおす必要があります。」
「ふうむ………それでも5発は今まで通りに撃てるのか。どうだ?幸村?」
ニコニコ顔で幸村が応える。
「全然問題ないですな。5発も撃った頃には敵も相当接近して居りましょう、従来の鉄砲で当たる距離なら従来の鉄砲で相手すればよい。一方的に先制して5発、お味方だけ撃てる。素晴らしい。」
「ふふ………。だそうだ、十分使えるので次は数を揃えてくれ。」
「有難う御座います。」
一行は次の試作銃に移る。
「お、これは銃床が大きいな。頬当てでなく肩当てだな。」
「はい、肩当てで、よりしっかりと狙って撃てる………積りでしたが………ダメでした。」
「?ダメだった?」
「はい、まあご覧くだされ。」
銃手はごつい肩当の金属板で肩を保護してから、銃を構えた。
バン…………
金属板が凹んでいるな…
「これほどの反動が有ったとは、意外だ………。」
「はい。頬当ての場合は軽く添えているだけですので撃った反動は腕から肘と抜けていきます。実際、銃手はふわっと浮いた銃を撃っているようなものでしたので反動も順次吸収出来ましたが、がっちり肩当で固定しますと、反動が全部肩に返ってきます。」
「数発も撃てば肩が外れそうでは使えないな………。」
「はい、確かに狙いは見違えるほど正確ですが…肩が壊れそうで使えません。」
現代銃との差で簡単に行けるとか思って居たが、その間にも目に見えない進化が有るのだろう。やはり実際にやってみないと判らないものだな………。
「次は、銃弾です。お話いただいた椎の実型の銃弾はとても造りにくいので、このような円筒形の銃弾をつくってみました。先端だけ四角錘のように尖らせています。これでも只の球体の銃弾より手間ではありますが、まだ造れます。」
なるほど、円筒の鋳物を切り出して、先だけ削ったのだな…
「うむ。だがかなり大きくないか?」
「はい、普通の銃に使うには手間が大きすぎるので、大鉄砲専用の大きさにしました。すごいですよ、まあ、見てください。」
遠くに大きな岩が持ち込まれる。大鉄砲にも緩く浅くライフリングがなされている。玉を押し込む木靭も専用の物で、玉の先端を潰さないように凹んでいるな…。
ゴウッ…………
腹に響く音がして直後、的の岩に閃光が走り甲高い金属音で耳が痛くなる。収まってから的の岩を見ると罅が入っていた。
「凄い………これではどんな鎧でも盾でも防げそうもないな………。」
「はい、弾自体も重くなっていますが、規則正しく回転しながら飛ぶためか、射程はかなり伸びているうえ、一発一発の威力が段違いです。その分反動も大きいですが、鉄砲同様に浮かせて持っているので慣れれば普通に撃てます。」
「幸村、どうだ?」
「凄い。一方面に3丁づつでも有れば、戦の様相が変わりますぞ。」
「よし、これも採用だな。造れるだけ造ってくれ。」
親方が頷く。
「次は大砲ですが………。」
親方の口が重い。上手く行かなかったのか?
「鉄砲と同じく螺旋を切った砲です。」
「ダメだったのか?」
「いえ、撃てる事は撃てますが、反動が大きすぎて台座が保ちません。」
「は?」
「砲を支える方法が見つかりません。撃つたびに台座から砲が転び出てしまいます。」
「?どういう事か?台座にも車輪が有るのだろう?」
「有ります。有りますが、車輪だけでは反動を吸収できず、砲自体が台座から飛び出してしまいます。台座に砲を縄で括り付けても千切れる始末で。」
そこで淡輪重政が割って入る。
「親方、もしや、南蛮船の砲と同じ台座でそのまま陸地で撃ったのでは?」
「その通りです。」
「やはり。それではそうなって当たり前です。冬の陣でも多くの幕府の砲が転げ落ちたり暴れたと聞きますぞ。あれは元々船の上で撃つもの。船自体が揺れる事で反動の多くを吸収しているのです。」
「ああ…そうだったのですね。」
「ふむ?ならば艦載砲としては問題ないのかな?淡輪殿。」
「鉄砲同様だとすると、反動も相当大きくなっているでしょう。船で撃ってみなければ判りませぬが、南蛮船での大型砲よりは小さい砲なので反動自体が南蛮船の大型と同じぐらいとすれば、まあ大丈夫でしょう。」
それを聞いて幸村も俺(秀頼)も安堵する。
「撃てる目途はありそうだが、念のためだ、本当の舟でなくともよい、大きなイカダでも良いので浮かべて、その上から撃ってみておいてくれ。それで制御できそうであれば大丈夫だろう。」
「判りました。やってみます。」
「ブドウ玉と、焼玉はどうだ?」
「ブドウ玉と、焼玉は取り扱いに慣れが必要ですが、なんとか使えます。」
「焼玉?」
幸村が訝しる。
「ああ、幸村には言ってなかったな。南蛮船同士の戦いでは焼いて真っ赤になった玉を打ち合うようだぞ。真っ赤に焼かれた玉が敵船に命中すると、周囲をブスブスと燃やし舟に塗ってある松脂なども溶け出すので、すごく臭くて敵わぬとか。はっはっはっ。」
「笑いごとではありませぬ、秀頼様。撃つ方も焼き玉を使う場合はいきなり熱で火薬に引火しないように、火薬と玉の間にボロ布に水を染み込ませて挟みますが、これが腐った卵の匂いでして………。」
「がっはっはっ!腐った卵、まさにまさに。あれぞ海戦の匂いですぞ。毛利の焙烙を最初に食らった時の織田水軍衆もひどく悩まされたとか。」
うわあ…それは嫌だな。水軍衆の戦いは元寇の頃の、死体や糞尿を敵船に投げ込む戦術を脈々と受け継いでいるようだ。うん?
「どうした?幸村?」
「…いや、臭いのは陸上の戦ばかりではない、水戦も勝るとも劣らぬ臭さのようで、香がいくらあっても足りませぬな。」
「くっくっく。そうか、そこで香かぁ………あ、まさか、重成が香を好むのもそうなのか?」
「…秀頼様は気がついて居られなかったので?この重成が伊達や雅で香を好むとでも?戦場は陸戦でも糞と血と汗の臭さの真っ只中、香でも炊き込まねばやってられませぬぞ。」
「なんとのう、それは気が回らなんだわ。では千に頼んで出来居る限りの香や良い香りがでる物を集めさせて置くとしようぞ。」
銃も砲もなんとか目途が立ち、冗談を交わせるほどの余裕も垣間見えた秀頼主従であった。




