60 秀忠自立
(ほう、珍しいな、今日は藤堂と正純だけでなく、秀忠まで上座に座を占めているな。家康と正信は………相変わらず袖に居るだけで口を出す気は無さそうか………。ん?家康も秀忠が正面に座を占めたのが意外そうな顔だ………。秀忠が自発的に前に出たのか?)
幕府軍本営、先日の木津川口砦攻略後の初軍議。今日も此処には耳太達が張り付いている。だが場の雰囲気は秀忠の振る舞いにより、かつてなく緊張を孕んでいた。
「秀忠さ、ま?」
「正純、今まで苦労掛けたな。だがそろそろ荷が重かろう。儂も合力しようぞ。藤堂、主もあまり無理をするでない。」
「いえ、この高虎は…」
「よい。父上の思惑は儂にも判らぬ事も多いが、儂はお主達の働きを認めている。思うに任せぬ事続きであろうが、浮足立つな。所詮は人など、出来る事に限りがあるのだ。出来る事を着実に行えば良いではないか。」
「秀忠様…」
「ほれ、軍議を始めるが良い、いつものように。儂は主等の支えに控えて居るのでな。」
上座の秀忠が直接議事進行するのでない事が次第に判って来るに従い、場の喧噪も落ち着き始める。それを見計らって正純が口火を切った。
「各々方、お静かに。将軍様の御前でありまする………。では本日の軍議を始めまする。現在の状況の説明を。細川殿、お願い致す。」
忠興が挨拶も省いて本題に入る。
「すでにご存じの通り、木津川口砦では頑強な抵抗に会ったものの、正面突破にて砦を占拠致し、今は山内殿に守備を交代して御座る。激戦になったため、我が細川勢は一旦帰国、兵糧弾薬を整えて早急に戦場に復帰致す所存。」
それに直ぐに藤堂が反応する。
「細川殿まで帰国とは………」
だが、
「早とちりなさるな。我が帰国は東北勢とは事情が異なり申す。東北勢は火薬の調達に苦労しましょうが、我が領国は九州。明・南蛮にも近く火薬の調達ははるかに容易く御座る。年末、遅くとも年始には復帰する所存。」
おお、それは心強い。流石細川…といった声が漏れ聞こえてくる。
「それより気になる事が残って居る。木津川砦は取ったが、大阪城西南端の総構や大坂城西側の荒れ地でなにやら作事を城方が行っていた。」
「作事?で御座いますか?」
正純が敏感に感じ取り聞き返した。
「うむ。城の西側の作事は規模が小さいようでなにも判らぬが、総構の端の作事は良く見えた。どうも総構を西にジワジワ延長しておるように見えた。」
これには諸将は愚か、袖に控えている家康や正信までが目の色が変わる。
「万が一、総構がどんどん西に延長されてくるようだと、奪った木津川砦自体が的になってしまう。さらに大坂城西、船場や阿波座に展開している浅野殿などと分断されかねぬ。」
それは不味いぞ…いや、大坂方にそんな兵力の余裕があるのか?などと場がざわつく。
それを無視して忠興が続ける。
「大坂方の思惑の全貌は見えぬが、大坂方にしても木津川砦失陥は予定に入って居った………という事だな。儂からの連絡はこれだけだ。後の対処は各々方に任せる。」
以降、それを限りに一切の発言を辞めた忠興。仕方なく、正純は当事者になる浅野長晟に振る。
「浅野殿は如何に?」
「ふむ。我が勢もなにやら大坂方がやっている事は確認済なれど、あまり見かけぬ作事でさほど気にも留めて無かったのだが………」
「一当てして探る事は叶いませぬか?」
松平忠明(下総長門川4万石)が一応尋ねてみるが、
「一当てと言うがなぁ。総構にあまり接近する訳にも行かぬ。そもそも西側は湿地帯であって足場も悪く急な進退には不都合だ。兵糧弾薬に制限が多い中、無駄に動く訳にも行かぬ。」
ふーん………と諸方からため息が漏れ聞こえる。
正純は元より藤堂もこの事態には困惑を隠せない。
その膠着した場を動かしたのは意外にも秀忠であった。
「皆落ち着け。冷静に状況を見返して見よ。我らは何一つ大きく戦況を損ねては居らぬ。大坂城周辺の砦は落とし切り、大坂方を城に押し込めて居る。万が一、大坂方に何か秘策があり包囲が一旦解けた処で兵力では倍の差だ。我らは京を恒久的に抑えておけば数で劣る大坂方が東へ出てくる余地などない。最悪、大坂方が音を上げるまで、何度でも城に押し込めれば良いだけであろう。大坂方に奇策ありと雖も無限に湧くものでもない。そのうち手品の種も尽きる。一息に決めようと思うから無理が来る。我慢比べを厭うな。」
これには諸将だけでなく家康も驚かされる。知らず知らずのうちに心理的罠に陥り、一気呵成に大坂城を落とさねばならない…という決めつけをしていた自分を思い知らされたからだ。
「確かに、将軍様の申される通りよ。何度でも大坂城に押し込めれば良いだけであったわい、はっはっはっ!」
松平忠直が豪快に笑い飛ばす。漸く場がほぐれ、意見も出始めた。
「されば、やはり大坂方の思惑を探る必要もありましょうな。浅野殿、お願いできませぬか?」
正純が丁寧に浅野長晟へ相談を持ち掛ける。
「解り申した。ならばさほど戦況に影響がでぬ規模で物見を出してみましょう。」
「お願い致しまする。」
ここで藤堂高虎が改まって家康に懇願する。
「大御所様、カルバリン砲を使わせていただけませぬか?」
諸将が一斉に袖の家康を見る。
「………カルバリン砲か。使えぬ訳では無いが………」
「カルバリン砲に色々欠点が多い事は承知しておりまする。」
「ふむ。」
「大量の火薬の消費。
一発撃つごとに大きな反動のため照準が変わり、狙い通リに当てられぬ事。
一発撃つと砲口内の掃除と再装填で再発砲までに一分(約10分)は必要で、ちょっとした不具合でも有れば一目(約30分)は待たねば再発砲できぬ事。
櫓や城門に当たれば壊せるものの、石垣相手には効果が殆ど無い事など。
すべて承知の上でで御座います。」
「そうか、良かろう、やってみよ。」
「あり難く………。」
「牧野正成、稲富正直。両名は準備を整えよ。」
この両名は大砲関係の奉行であり、とくに稲富正直な冬の陣で見事、天守に命中させた実績がある。
かくて、大坂城西面での作戦行動で幕府側は一切出し惜しみせずに対処する事となったのだった。
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「良かったので御座いますか、あれで。」
家康と二人だけになったのちに正信が改めて尋ねる。
「大坂城は今となっては落とせまい。どうせ落とせぬなら出し惜しみせず、諸将も納得の上で京まで引かせたほうが、後々遺恨が残らぬ。」
「秀忠様も起ちあがられましたしな。」
「うむ。こうなると判って居れば、大坂攻めはもっと万全の準備をすればよかったと、儂も思わされたのよ。」
「この正信も目から鱗で御座いました。」
「儂もじゃ。」
「化けたのは秀頼公だけに在らずと。」
「まだ任せきるには危ういが、表に出せる程度にはな。」
「袖に控えて我慢の甲斐がありましたな。」
「儂も急ぎすぎて居ったやもしれぬ。」
「しかし、大阪城。太閤も面倒な物を残してくれたもので御座います。」
「ふふ。正信は知らぬようだが、清正(加藤清正)の熊本城も相当に面倒なようじゃぞ。」
「?肥後半国の清正の熊本城が?」
「肥後半国に過ぎぬ身代であったのは関ケ原迄じゃ。最後の頃は新田も持っておりざっと70万石にならんとする実力だったらしいの。」
「70万石………」
「一時、そうよのう、秀頼との会見の直後とか、儂は清正が尻を捲って正則と共に公然と幕府に盾突きはせぬかと危惧しておった。それで調べさせたのよ。」
「熊本城を?」
「ああ。その結果は驚くべき物であったわ。奴め、朝鮮の技術を持ち帰り城に使って居った。留守城であってもそう簡単に抜けぬ城に化けて居った。」
「なんと!」
「あのとき、清正、正則がこぞって主力を率いて大坂に入って居ればとおもうと、肝が冷えるわい。」
「清正、正則両名まで化けなくてよかったですな。」
「はっはっは! あの両名がか? …………………ほんにのう………」
最後の家康の声は消え入るように小さな声になっていたのだった。




