59 イギリスの興味
ジャワ島西部・バンタムの町。ここにイギリスの東方計略最大拠点がある。
その首席商館員ジョン・ジャーデインは応接間で荒木宗太郎と対峙していた。
「ソータロー・アラキの名は私もよく小耳に挟みマース。今回はわざわざ平戸のイギリス商館長リチャード・コックスの紹介状まで用意して来られた。重いお話になりそうですネ。」
「まあ、まあ、そう最初から身構えないでくだされ。お互い利はあれど損は無い話ですよ。」
「ふむ。デスが、日本はあまり我がイギリスに興味が無いのでは?」
「ああ、それは幕府に接触されたからですよ。彼らは出自が辺境の、まあ、田舎者揃い。広い外国の事は思惑が追いついて居りません。」
「しかし、日本と関係を持つには支配者である幕府は外せないでしょう?」
「そこそこ。まあ、イギリスの方がそう思われるのは当然です。が、幕府の実態は日本の東半分を抑えているに過ぎません。」
「半分だけ?それで幕府が日本の支配者として振る舞うのをエンペラーも他の領主も黙っているのですか?」
「日本人は本来あまり争いごとを好みません。なので『幕府がやりたい……というなら一度やらせてみるか…。』程度でおおらかに黙認してきただけですよ。」
「ほう?しかしソータロー、今、その幕府が大軍を起こして西に攻め込んでいる。」
「流石、総支配人。よく日本の状況を調べて居られる。ならば、その幕府が去年も今年も大坂を抜けずに居るのもご存じの筈では。」
「はい。大軍の運用にどうにも一貫性が見られず、持て余し気味のようですネ、幕府は。」
荒木は出された紅茶を一口すする。
「ふむ。これも中々深みが有って良いですね………。」
「イエース。インドでは今大々的に栽培を模索していまース。」
一呼吸置き、荒木が続ける。
「はっきり申しましょう。幕府は軍事中心の国家を模索しており、大坂は商業中心の国家を模索しています。」
「軍事中心の国家?そのような国家など古代にしか………。」
「左様。軍事はなにも生み出しませぬから長続きしません。なのでそういう国家は古代にも一時的に勢力を伸ばしても、すぐに消耗して変質する。いずれは。しかし、変質するまで市場は伸びませぬ。」
「東半分がそうなのに、西は商業主体地域なのですか?」
「ええ、それはもう、見事すぎる程の対比ですよ。」
「よくそんな状況が成立できてますネ?ちょっと考えられない。」
「自分もそう思います。ですが、当然こんな状況は長続きしません。」
「東西のボーダーラインから溶けていきますネ。」
「ご明察。しかも大坂はひそかに東に拠点を数か所を設け、その溶ける速度を加速させようとしています。」
「大坂には結構余裕があるのですネ。」
「大坂だけではありません。西の国は皆交易に熱心ですぞ。」
「そうだったのデスか。では我々が最初に幕府に接触したのは大失敗だったのデスね………。」
「それはまあ、仕方ない事。今の時代に内に縮こまって安定しようなどと考えるもの好きは滅多におりませんから。」
「イエース。自分だけいくら縮こまっていても、外からこじ開けられるだけですネ。」
「という事で、どうです?先ずは日本の西半分と接触されると云うのは。」
ここでジャーデインも立ち止まり暫し考えに沈む。
「………うーん、どうでしょうネ。それは魅力的ではありますが、後で東の幕府の不興を買って大軍を向けられるのも嫌ですネ。」
「それはそうでしょう。ですが、それは真正面から大坂に肩入れした場合です。幕府も大坂も無視して、単純に西の端に近い長崎で交易するなら何の支障もないですよ。長崎は今でも明や安南は勿論、ポルトガルやオランダも利用する貿易港。そこにイギリスも加わった処で幕府も四の五の言う事はできません。」
「オー、長崎!長崎の事はリチャード・コックスからも度々聞いていまス。中々に賑わっていると。」
「それは重畳。じつはこの荒木自身も長崎の港にそれなりの利権を持っております。貴国が日本に興味を持たれたのであれば、便宜を図らせてもらいますよ。」
「オウ、それなら安心ですネ。どうも日本の周りの海は、ほかのアジアの海とは一味難しいようで-ス。航路なども教えて貰えるならあり難いですネ。実は明の感触がどうにも悪くて本国へのレポートにも困っていたのでス。」
「明国は国の方針で内に縮こまる事を選んでしまいましたのでね。それはお困りでしょう。日本は明に比べれば小さい国ですが、商いの筋は悪くないですよ。道理が通らぬような事は、まあ、有りませぬ。特産品の種類も多い。商いで失望する事は余りありますまい。」
「うーん。ですが、わざわざ日本に回って船荷が埋まらないようでは困る。」
「はっはっ、無い無い。そんな事はあり得ませんな。今この東の拠点まで来航されているイギリス商船はせいぜいひと月に1艘あるかどうかでしょう。たかが1艘の商船では納めきれぬ商機が長崎には有りますぞ。そして長崎で実績を積み上げてから大坂に乗り込まれませ。大坂の秀頼公はイギリス商船を大歓迎するでしょう。」
「…本当ニ?」
「勿論。過去に追い出された南蛮人が居ましたが、彼らはカトリックの教えを利用しての侵略が露見した為です。貴国に於いてはその心配は在りませんでしょう?」
「オウ、勿論でス。カトリック、あれはダメでース。彼らはすぐにガバナンスにも口出ししまース。それで我が国からも追い出されましたですネ。」
「ですね。そこの事情も秀頼公は熟知しておられましたぞ。」
「なんト、秀頼公は事情通なのですネ。失礼ながら、日本の人でカトリックと我が国の国教会の区別が付く人が居るとは思って居ませんでしタ。」
「日本でも100年前までは宗教が政治に深く食い込み随分と困らされたのです。貴国と同じですよ。」
「ソーデシタカ。それなら次の商船に一度長崎へ回ってみるように、声を掛けておきましょう。安全な航路は教えて貰えますネ?」
「勿論です。」
具体的な擦り合わせのため、荒木宗太郎は別室に移動し担当秘書官との打ち合わせに入る…がその時、
「そうそう、大事な事を伝え忘れていましたよ。秀頼公が云うには、『おそらく5年以内にオランダが武力でイギリスの利権を排除しようとするだろう。丸腰の商館員だけでオランダとの共同作業はしないほうが良い。』との事でした。」
これにはジョン・ジャーデインも何も言えず、目を見開くばかりだった。
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(ソータロー・アラキ………あのような者が日本にはどれ程居るのか………)
オランダとの関係をいきなり警告されて暫く立ち尽くしていたジョン・ジャーデインだが、漸く立ち直り慌てて指示を出す。
「ヘイユー、大急ぎでリチャード・コックスに改めて日本の情勢を正確に洗い直すように連絡しなさーイ。幕府以外の情勢、とくに、西日本デス。日本にマスケットが溢れているのはもういいでス。交易の商材の柱になる物の有無も忘れずに。もしかすると我々は日本の本当の大きさを勘違いしていたかもしれませーン。オランダの日本での活動もデス………。それと………大坂の秀頼さんの事、なんでもいいでス。些細な事も漏らさず調べるように。」
明で行き詰まっていたイギリスの首席商館員ジョン・ジャーデインは自らの保身の意味でも日本の見直しに入るのだった。




