58 政宗動く
川村孫兵衛重吉;元、毛利家家臣。関ケ原の戦い以降に毛利家が大幅減封された折、浪人となるが、偶々上方にいた政宗に見いだされ伊達家に奉公する。広瀬川から地下水を引くことで、仙台平野の開発に後に大きく貢献した。
「孫兵衛!これへ!」
仙台へ帰る伊達勢。その行軍途上、やおら川村孫兵衛重吉は政宗に呼び出された。
「殿、如何されました。」
「そちに重要な任務を与える、帰国後領内に港湾を造る。大型交易船が停泊可能な規模の港湾だ。さらに付随して造船所も必要になる。その適地を探れ。」
急な下命に驚いた孫兵衛。だがその返答は早かった。
「港湾なればすでに思案が御座ります。」
元毛利家だけに、孫兵衛は海に明るい。伊達家に欠けている事が海運であると早くから見抜いていた。その為、いつか上申しようとすでに草案が有ったのだ。
「ほう?儂の先を読むとは。儂の眼に狂いは無かったな。聞こう。」
「場所は石巻。」
「うむ。」
「ただし、北上川・迫川・江合川を纏めて一本に成し、大河川にせねば成りませぬ。」
「?何故に。」
「今の仙台湾は水深が遠浅で大きな船が乗り付けられませぬ。三川を纏め巨大な水流となし、その水の力で水深を得るのです。」
「理窟よのう。」
「さらに、内陸の舟運を石巻経由に集中させる事で港湾の立ち上がりを早めまする。」
「荷が増えれば嫌でも港湾が活気付くか。」
「はい。石巻の新港は海へ向かう外港でしょうが、我が伊達領は海では最果て。港の立ち上がりには内陸の舟運を活用せねば保ちませぬ。」
「当座の飯の種か。」
「然り。さらに…」
「まだ有るか。」
「さらに、三川の元の河川流域は新田に簡単に転用できましょう。」
江戸時代初期の新田開発はこういった元河川や沼の跡地が多くを占めている。河川跡地を新田開発する事はいたって自然な発想だった。
「見事!では孫兵衛、そちを石巻新港開発と三河川改修奉行に任ずる。可及的速やかに実用できる形にしあげよ。体裁は後からついて来ればよい、先ずは実用じゃ。」
「…えらくお急ぎでございますな?」
「秀頼公の動きが速い。西の物流が出羽、津軽まで短期間で伸びてくるぞ。」
「なんと!今まさに籠城中の秀頼公が既にそんな手を………」
「ああ。だが津軽から仙台まではまだ遠い。放置していては伊達のみが取り残される。」
「成程………!となると、幕府は………」
「取り残されるな。確実に。だが幕府の事は、主は考えずとも好い。海運の最果てが今の伊達領ではなく江戸になるだけの事よ。」
「秀頼公は何時からそのような構想を?」
「それは儂にも判らんが、内々では新造中の最新の南蛮船を一艘、貸してくれるらしいぞ。勿論、軍船では無く交易船だろうが。」
「な、南蛮船を建造中ですと?いったいどこで………」
「それどころか、津軽の十三湊の改修には佐竹も噛んでいる………まあ儂も声を掛けて引きずり込んだのだがな、はっはっはっ。」
「それだけ大きな話になると、とても伊達の身代だけでは無理でございますな。」
「ああ。だから佐竹の銀を無心したわ。」
「?佐竹に銀が?」
「黒脛巾組の世瀬蔵人が掴んできて居ったのだ。幕府もまだ知らぬ事じゃ。この秀頼公の構想、幕府以外の多くの大名や商家が動いて居るのう。皆、儲けにならぬ戦よりもよほど興味があるようだぞ。」
「当然でしょうな。そもそもが、この戦無理が過ぎまする。冬の陣でもいきなり準備も無しに二十万もの大軍を大坂に集めたため現地の米価が急騰、平時の数十倍になっておりました。此度はそもそも売りにでている米がありませぬ。のんびり包囲戦などやっていては餓死者がでますれば。」
「うむ。どうやら秀頼公は外国の戦を参考にこの構想を練ったらしい。なんでも大昔の南蛮でも似たような状況があったとか。その戦役では籠城側の海軍が包囲側の本国を荒らしまわったらしいのう。」
「そんな前例が………」
「今の日ノ本、水軍など無いも同然。もしも秀頼公が南蛮船を連ねて海から逆襲に転ずれば………」
「………転ずれば?」
「幕府に勝ち目など微塵も有るまいよ。そもそも、現状ですら攻城戦に必須の攻者三倍の原則に届いて居らぬ。」
「今の二倍ですら兵糧弾薬の準備が滞っておりますな。」
「思い返して見よ、太閤の小田原攻め、あの時は数年前から膨大な兵糧弾薬を準備していた。あれでこそ本当の天下人の戦よ。今の幕府の戦など、小手先の欺瞞に過ぎぬ。謀略の底が割れたら戦にならぬようでは、家康の知略も知れて居るわ。」
「…されど、政宗様。江戸と仙台はかなり近く御座いますれば、あからさまな物言いは無用の難を呼びまする。」
「くっくっくっ。孫兵衛も心配性よのう。大坂で兵糧弾薬を使い潰した幕府に仙台まで寄せてくる余力など有る訳が無いわ。」
「それは………まあ、確かに………しかし、政宗様が家康嫌いだったとは、初めて知りました。」
「?そうか?家中の多くは知っていると思っていたが。かの蒲生氏郷も漏らしていたが、家康は吝嗇に過ぎる。ああもケチケチでは庶民の息が詰まってしまうわい。太閤の派手を真似ろとまでは言わぬが、重臣共が家康に隠れて澄酒をこそこそ飲まねばならぬようでは話にもなるまい。」
「徳川家中では今でも玄米だそうですな。」
「玄米が悪いとは言わぬ。在れには在れの良さも有る。だがそれで白米を食うのが憚られるようでは可笑しいとは思わぬか。」
「本末転倒ですな。」
「吝嗇に専念するよりは稼げばよいのだ。家康は三河の小領主だった頃の儘で成長出来て居らぬのだろう。」
「………」
「話が逸れたな。この秀頼公の構想には、最低でも多くの上方商人、そしておそらくは毛利や島津も噛んで居ろう。さらに………。」
「さらに?」
「なんの確証も無いが、あるは南蛮の何処かも噛んで居るやもしれぬ。」
「!南蛮!………それは危うくは御座いませぬか。南蛮は日ノ本を奴隷にする動きも有ったと聞きまする。」
「有った。だから太閤はバテレン追放令を発布した。此度もしも南蛮に日ノ本を切り売りするような事を豊臣が為すのであれば………」
「有れば?」
「その時こそ、我が伊達が日ノ本を仕切るべく、豊臣を打ち倒す。」
普段に似合わぬ政宗の底冷えする宣言に息を飲む孫兵衛だった。




