55 志布志
「信重(淡輪信重・淡輪重政ん兄)殿。こん船渠なっ物は凄かね…。」
島津忠恒から志布志の行政官として派遣されていた鎌田政冨が大坂から派遣されている淡輪信重にボソッと呟く。
この時期の志布志はまだ城が顕在であり、シラス台地を活用した巨大な空堀を有する山城、志布志城が睨みを利かせている。その足下には後世「麓」と呼ばれるようになる行政機関があり、それは古くから南方や中国などとの密貿易・国際交易を支えた志布志港の管理機構でもあった。
その志布志港の外れに当時まだ日本に存在しない筈の乾ドックがほぼ完成している。
「はい。自分(信重)も秀頼様より概要を聞かされた時には、非常に驚きました。船は陸で作って海に滑り落して浮かべる物とばかり思うていましたので。」
「船渠は作っ手間はあっとどん、出来てしめば便利なもん。はいめっ造った船を船台から海に落とすときには、どっかが破損すっもんじゃが、船渠であれば、船渠に水を引き入れてちんちん浮かべて行っで何処も傷みもはん。」
「ええ。最初の一隻を確実に成功させるには最適で御座います。」
「さらに、傷んだ船ん修理が実に容易か。」
「それ、それ。船渠が一つあれば、完全な修理ができまする。船の寿命が大幅に伸びますな。」
「その上、限界まで武装も積みこむっるぞ。」
「左様。従来は武装しすぎて転覆する限界が見極められず、かなり控えめな武装で止めるのが常でしたが、船渠であれば徐々に水を入れる段階で限界を見極められますからな。」
二人がほぼ仕上がった水門を見ながら船渠に絶賛の評価を下している。
「しかし、船渠よりも島津様がなんらのご注文を付けるでもなく、二つ返事でこの計画に賛同頂けた事には些か驚きました。以前より島津様は大坂に好意的に接して下されては居られましたが、幕府の手前、多少は何かご注文があるかと思っておりましたが。」
淡輪信重の疑問に鎌田政冨が応じる。
「ふん。信重殿は少し勘違い成されちょららるっ。島津は幕府などなにも恐れちょりりませんぞ。面倒じゃっで幕府ん面子を立ててやっちょっだけじゃで。そもそも大坂が抜けん幕府がこん島津に手を掛けらるっ筈も無し。」
「…自分が云うのも可笑しな話で御座いますが、島津様は大坂を幕府が落とすことは叶わぬと確信なされておられる?」
「勿論ん事。島津んだいに聞かれてん皆そう思うて御座っ。」
「それはまた………何を根拠に?」
「思い出されてみられじゃ。太閤が小田原を攻めたおりりを。あん時小田原北条氏はだいたい5万から6万の兵力、そいに対すっに太閤は20万から22万を動員して御座っ。4倍じゃぞ。しかっに、幕府たっや冬ん陣も今回も、大坂ん2倍ん兵力でしかなか。堅城を抜っには3倍以上ん兵力が必要とは古来ん常識。されば端から武力では大坂は落とせんな、家康自身が諦めちょっ証拠で御座っ。」
「なるほど、一理ありますな。」
「さらに、小田原攻めん折り、太閤は22万の兵力にすら過大ではち思わるっ物資を小田原に輸送し、小田原城ん眼前に巨大な付け城まで築き上げ、旅芸人を呼び色町まで即席で作り上げ何年じゃろうが長期戦も厭わんと、小田原に見せつけた。」
「うむ。そうでしたな…。」
「止めは日ノ本ん水軍を集中し、海上も封鎖された。」
「如何にも。」
「太閤ん小田原攻めと比すりゃ、家康ん大坂攻めなど子どんの遊びで御座っ。」
これには淡輪信重も返す言葉が無い。遠く離れた島津であればこそ、冷静に状況が見えているのだろう。と自分達の視野の狭さを再認識する。
「よくわかり申した。どうも最前線にいると見える物も見えなくなるようで汗顔の至りで御座る。」
「なに、戦とはそげんもん。故にこそ、上に立つ者は遠くを見据えちょりらねば成りもはん。」
そこで一つの疑問が淡輪信重に浮かぶ。
「そういう事なれば、なぜ島津様同様に大坂から遠く離れた加藤清正殿や福島正則殿はあれほど家康を恐れていたのでしょう。」
「はっはっはっ。そんた簡単な事。大坂は不落でん、熊本や広島は落とされかねんでで御座っど。太閤子飼いちゆてん所詮はそん程度でしかなかった。領土をなげうって全軍で大坂に入城すっ程んかっごが無かった、只そいだけで御座っ。」
これもまた、遠く外から見ていればこそ判る事なのであろう。思えば今大坂から追い出され、或いは去っていった者すべてが同類では無かったか。なんとも情けない話であるが納得せざるを得ない、淡輪信重であった。
「そんたそうと、此処、志布志では船は造れてん銃砲は造れもはん。お館様(島津忠恒)からも、銃砲ん手配が要り用であれば種子島やかごんまにも口利きすっごつ命を受けちょりりますど。」
当時の島津氏は軍事力維持の必要性から種子島と鹿児島に鉄砲製造拠点を設けていた。
「は、有難きお言葉なれど、銃砲については、大坂で新式の銃砲を製造中です。南蛮の砲をも大きく凌駕する性能になるものらしく………。緒戦であれば丸腰の船でもその大きさと速さを武器に大坂に乗り付けるのは容易かろうとの事。」
「家康は海に疎かでな。これから造り上ぐっ船であれば、確かに突破は容易かやろうな………。ふふ、なっほど、只ん大型輸送船と見せかけちょいて、大坂から再出撃ん折りには銃砲も備えた完全武装で幕府ん海上封鎖を再び蹴散らす………秀頼様ん狙いが透けて見えてきもしたぞ。」
「はい。完全に海上封鎖した積りの包囲網を巨大船とは言え、たった一隻に突破されれば幕府の威信は地に落ちましょう。さらにその後には同様の船複数が、此処志布志で大坂から運んできた銃砲で艤装を終えて、再来援する。もはや沿岸付近に幕府軍は駐屯できなくなりましょう。」
鎌田政冨が頷き、
「案外、我が島津勢主力が上方へ出っ日も近かとかもしれもはんな。」
「それが、秀頼様はどうやら従来の戦とは様変わりした攻め方を計画なされておる様子で。当分は島津様への援軍要請は無いのではないかと。」
「ほう?」
「ただ、最後の最後、徳川の意地を砕く場面ではご助力を乞う場面もあるやも………そのように伺っておりまする。具体的な手立ては某にも判りませぬが。」
「ほほう。ならば猶更、一日でんはよ船を完成させもはんにゃなりまさんめえて。」
大いに頷く淡輪信重だった。




