53 成長
-ほう、前回は一段控えていた藤堂が正純の真横に座を占めるか。わざと横に座っているのだろうが、無理な成り上がりは破滅を招くだろうに……家康は………左袖か。今回も自分は口出しないようだな………-
大坂城北側の砦制圧を受けての幕府本営。軍議を観察している耳太から見ても、藤堂の図太さは鼻に付くものだった。
「各々方もすでにご存じとは思うが、大阪城北辺の砦一掃が完了しました。先ずは池田殿、ざっと経緯をご説明くだされ。」
本多正純が口火を切る。
「されば………先ずは木津川本流西岸の福島砦は大坂城北に駐屯する途上で接収しまして御座る。此処は僅かの守備兵が居ましたが我らの来襲を見るや戦わずして撤退しました。福島砦接収後、大阪城の北、淀川を挟んで天満町付近に本隊は駐屯、そこから大和側沿いの今福砦、鴫野砦までを接収して御座る。」
ごく常識的な攻略順なので、とくに誰からも言葉は無い。
「今福砦では多少の嫌がらせのような抵抗はありました。が、程なく対岸の鴫野砦に敵は撤退。ほぼ無血占領となりました。しかし、鴫野砦では意外にも猛烈な抵抗が有り双方それなりの死傷者が出て居ります。」
これには竹中重門(竹中半兵衛の嫡子)から声がかかる。
「それはちょっと変ですな。それまでの損害を抑える行動と辻褄が合いませぬが………?」
「それは某にもなんとも………おお、そうだった、この方面の敵の指揮官は………細川興秋………殿で御座ります。」
細川興秋の名がでて即座に細川忠興が大声で誰何する。
「! 待て、その細川興秋というのは確かなのであるか?その根拠は?」
「根拠も何も………見るからに名ある武者と思しき武士が殿を務めておりましたが、その旗指物に大書して、『細川興秋 此処に在り』と読めましたので、敵味方双方が在れこそ細川興秋殿と感服した次第………。」
しらっと報告を上げた池田利隆を藤堂高虎が睨むが池田利隆は気が付かない装いで無視する。本多正純は不味いとすぐに気が付いたが、どう取り繕ったものかすぐには考えが纏まらず冷や汗を額に浮かべているうちに、細川忠興が吼えた。
「あの愚か者がぁー!お家の方針に逆らい出奔するだけでなく、敵方に回って槍を奮うとは言語道断。かくなる上は儂自らあの愚か者を打ち据えたく存ずる。藤堂殿、次の激戦が予想される場所にはこの細川が行かせてもらいますぞっ!」
これには内心舌打ちしつつも、努めて穏やかに高虎が応ずる。
「お気持ちはよう判りまするし、細川の槍は微塵も疑う訳では御座らぬが、次の最激戦地と予想される木津川口砦には、すでに浅野殿に内々準備をして頂いておりますので此度は…」
「我が細川勢はいつでも行ける準備が出来て居り申す。木津川口砦であれば戦場として申し分なし。浅野殿、譲っていただけましょうな………。」
話を振られた浅野長晟は相手が年長の細川忠興という事でもあり、また木津川口砦にぜひとも掛かりたい訳でもなし、鷹揚に頷き、
「お気持ちはよう判り申す。是非にも有らず。細川殿の存分になされるが良かろうと思いまする。」
「忝なし。よろしいでしょうな、藤堂殿。」
木津川口砦は特段際立った戦意を見せていない浅野に掛からせ、戦意旺盛な細川は予備の決戦兵力としたかった高虎。だが当事者間で話が纏まってしまっては覆しようがない。
「ご両所で話が纏まってしまっては否やは無いですな。されど、斯様な事は今回限りに願いますぞ。細川殿のみに在らず。各々方も指揮系統の順序は違えませぬようにお願い致す。」
成り行きを唖然と見ていた諸将だが、高虎の云う事は尤もである。今一つ上の空だが皆が頷き返した。が、その中で唯一、池田利隆のみはほくそ笑んでいた。
(思った通りだ、上手く行ったわい。高虎め、我が池田を消耗させようなどと、姑息な事をした報いを受けるが良いわ…。)
「ふむ。ならば出撃準備の事前命令も受けていたことであるし、我が浅野勢は細川殿の左脇を固めるべく、木津川口砦北西側の阿波座砦などを抑えに出向きましょう。さすれば細川殿も木津川口砦に後顧の憂いなく掛かれましょう。」
「おお、浅野殿が我が左翼に入って貰えるならば、最早なにも恐れる事はない。忝い。」
ここに至ってやっと池田利隆の狙いを藤堂高虎も知る。
(池田利隆め。儂の狙いに気が付いて居ったのか。あ奴、大阪城の北から一歩も動かぬ腹積りだな。しかし、こうなると内々命じていた池田勢の大坂城西側への転戦も撤回するしかないか。だが、こうも作戦撤回が続くと他の諸将まで幕府の帷幄を軽んじかねぬ…どうしたものか…)
悩んだ高虎がちらっと家康を見る。だが、家康は知らぬ体で横の本多正信と談笑していた。
(此処で家康様を引っ張り出せば、原案通りにも出来ようが………それは家康様の期待に沿わぬ。かと言って秀忠様を前に出すのでは儂は正純の陪臣扱いになり軍議を切ります事を放棄せねばならぬ。そんな事にはさせられぬ。…!…そうだ、所詮は外様諸将だ、誰から削ろうが五十歩百歩と腹を括るか。要は外様大名と大坂方を噛み合わさせて両方消滅させれば良いだけの事。)
考えが纏まった高虎が何事も無かった如く池田利隆に声をかける。
「池田殿。見ての通りの次第にて、池田殿の本戦は後日改めてとなり申した。」
「うむ。了解して御座る。」
藤堂と池田の間で見えない火花が散ったのを本多正純が気が付き、危うく顔色を変えかけたが無理やり平静を装いつつ云う。正純の咄嗟の機転を見た家康の口に僅かに笑みが浮かぶ。
「では細川殿、池田殿、またそれぞれの与力の諸将、次は竹中殿も案じられたように大坂方の本気の抵抗も予想されまする。以前にも増して宜しくお願い致しまする。では将軍様、お言葉を。」
「うむ。皆それぞれ事情も有ろうが、一番の目的は天下静謐である事、しかと心に止めて励んで貰いたい。」
最後は形通りに秀忠が纏めたため、殆どの者は気が付かなかったが、軍議で秀忠が発言するのはこれが初めてだった。
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散会後の家康の私室。今日も本多正信相手に二人だけで先の軍議を振り返っていた。
「佐渡(本多正信)よ、正純は一皮剥け居ったな。」
「確かに。今回は意外でしたな。うまく将軍家を表に出しました。どうやら勝敗に関係なく政や軍を将軍家自らが差配している事実の重要性にようやっと気が付いたようです。」
「あのままでは結果がどうなろうが、藤堂の傀儡とみられかねぬ処であったからのう。」
「しかし、池田も意外でしたな。只愚直に励むだろうという予想からはみ出てしまいました。」
「なに、あれは相手が藤堂だった故だろう。儂か、将軍家の直命であれば、愚直に励むだろうよ。」
言いつつ濃茶を正信に押し出す。
「うむ。いつにも増して苦う御座る………。藤堂も徳川の最終的な目的は理解して動き居りまするが、どうにも性急でございますな。」
「あ奴は毎日が切所じゃ。長い目で物事など見れぬよ。」
「我より十八も若い藤堂が刹那の先しか見えて居らぬとは………。」
「奴にとってそんな遠い先は考えるだけ無駄なのじゃ。仕官した浅井は滅んだ、確実と思った羽柴秀長の家も実子が無かったので甥の秀保でなんとか保たせたのに………肝心の秀保が十七歳で急死、お家断絶で藤堂も路頭に迷う羽目に………これでは遠い先など考えるのも馬鹿馬鹿しくもなろうよ。」
「そうですなあ、そして縋りついた徳川の家では大御所が『まだまだ足らぬ、もっと励め。』と常に見つめて居られる。」
家康がお替りの薄茶を押し出しつつ、
「茶はな、多少濃いめのほうが薬になるのじゃ。最初から甘味を感じるようでは緩んでしまうものよ。」
「んぐっ、んぐっ………。ふはー、佐渡にはこれぐらいが良う御座いますが………。緩みますか?あの高虎でも?」
「儂が完全に引けば、もう本気で働くまい。」
「それは何故?」
「奴の本気の働きを評価できる者が居るや?居るまい。」
「………確かに。そういう面では高虎は三成と似て居りますな。」
「味方には評価が低いが、敵からはそれなりの評価をされている………か。それならば、ほんの少し前の佐渡もそうではないか。」
「この佐渡は三成や藤堂とは些か異なりますな。」
「ん~?」
「唯一の理解者が長生きで御座れば。」
「はっはっはっ、佐渡の言う事よ。儂の取り柄は長生きか?」
「違いますかな?」
「いいや、その通りよ。要は生き残った者が勝ちよ。総見院だろうが、太閤だろうが、如何に華々しく燃え盛ろうが燃え尽きたら仕舞いよのう。」
今日の家康はいつになく上機嫌だった。




