52 呼吸
大坂城南方、茶臼山の後方(四天王寺の南西付近)に家康の陣所が設けられている。今日も耳太の組が此処に張り付いていた。
-ほう、家康と本多正信が二人だけでの密談とは、最近珍しいのではないか………-
耳太が意外に思ったのも当然で、此処数年、正信は秀忠の教育係のような立場で家康とは離れ気味だったのだ。だが、予想外の大坂方の抵抗で、徳川全盛期を取り仕切ったこの組み合わせが再び必要になった。
「佐渡(本多正信)と膝付き合わせて思案するのも何時振りかのう………。」
「この戦の期間を除けば、家康様が将軍職を引かれた時以来ですので………もう10年になりますかな………」
「そうか、もう10年になるか。」
「家康様だけ逸早く駿府で悠々自適、この佐渡は孤軍奮闘、猪武者共を宥めすかして将軍家に王道を歩ませる苦闘の道。随分と難儀な思いもさせられ申した………」
「ふふ。主の良い仲間にもなろうかと思っていた与七郎(石川数正)は猿めの調略で転んでしもうたのでな。もう少し先が見える奴かとも思うていたのだが、あれは見込み違いであったな。」
「三河の武辺は理窟を無視して飛ばす者が多すぎるので御座る。与七郎殿が嫌気を感じるのはよーう判ります。」
「嫌気は良いが、出奔は早計じゃろうが。」
「左様ですな、徳川の指物背負うていればこその与七郎殿であったのに、素の与七郎では………飛び込んでこられた猿殿も結構期待外れだったやもしれませぬな。」
家康が暫し斜め上を眺めつつ回想に浸っている。昔の苦闘の各場面を思い出しているようだ。正信は黙って家康の言葉を待っている。
「………で、秀忠はどうじゃ。少しは重みも出てきておるか?」
「そうですな、関ケ原の頃のような、武辺者の景気の良い威勢に引っ張られる事は無くなってきましたな。ご自分でも武功を求めはされておらぬご様子。文官の意見を積極的に拾う姿勢も伺えますな。」
「やはり、ギリギリじゃのう。」
「恐れながら………未だご自分の芯が定まらぬご様子にて。まあ、親が親で御座います。委縮されるのも宜なりでは?」
「佐渡の言い様では儂が悪いように聞こえるが?」
「全く悪くないと、お思いで?」
「いや…悪いのじゃろうな…。だが信玄よりはマシではないか?」
「………長子を失うと、なかなか上手く行きませぬな………。」
「………ああ………全くだ………………………………佐渡よ。」
「はい。」
「………儂は総見院(織田信長)が心底怖かった。」
「家康様?」
「信康の弁明に儂自身が出向かなかったのも怖かったからじゃ。」
「………」
「怖くて、三河者の頑固さと忠義に縋った。縋ってしまった。」
「………」
「じゃが、あの狂気を孕む総見院の前では三河者の頑固さや忠義など無力だった。」
「………」
「忠次(酒井忠次)は碌な弁明も出来ず、はたまた開き直って三河一国を掛けて信康を守ると開き直れもできず………。」
「………」
「むざむざと無為に信康を失ってしまったのだ。」
「…それは誰であろうとも、致し方御座りますまい。」
「いや。儂が………儂が行く度胸が無かったのだ。儂は切所で怖くなっで逃げ出したのだ。だから、今、後継者に悩まされて居るのも因果応報という事よ………。」
「………」
「そこに来て、あの秀頼よ。」
「?」
「あ奴、変だと思わぬか?」
「…確かに、この夏の陣に至って切れすぎて居りますな。」
「そうではない。策の切れ味など、他にも凌駕する者などいくらでも居った。」
「ふむ?軍略ではない?」
「ああ。物事の見方、発想が異常と思わぬか?まるで………あの総見院の生まれ変わりにも思えるのだ。」
「それは、余りに荒唐無稽では…」
「総見院を思い出して見よ。如何に比叡山が生臭坊主だらけであったとして、総見院以外の誰が全山焼き討ちしようなどと思いつくものか。石山合戦の海戦もだ。大安宅船を鉄で包んだ要塞を造ろうなどと、総見院以外の誰が思いつく事か。根本的な考え方が異質すぎる。」
「それは………まあ、確かに。ですが秀頼公はそこまでは…、」
「そこに迫って居るわ。誰もがもう使えないと思っていた総構が使える事に気が付き居った。」
「…うーん………」
「皆は関ケ原の折り、東軍が当たり前のように西進して普通に戦ったと思って居るだろうが、あれは福島の阿呆が30万石の軍用米を差し出したからこそだ。秀頼はあれにも気が付いて居る。」
「いや、それはさすがに無いのでは。」
「いいや、きっと気が付いて居る。さればこそ、此処に来て大商人が悉く背を向けて居る。」
「秀頼公の差し金だとのお考えで?」
「それ以外に何がある。」
「ふむぅ………」
「何より戦の呼吸がまるで合わぬ…。」
「戦の呼吸ですか。」
「ああ。信玄とせめぎ合った元亀・天正の世、苦闘ではあったが信玄との戦の呼吸は確かに合っていた。真田安房(真田昌幸)には煮え湯を飲まされたが、あれとて『小賢しい小知恵を回し居る。』とは思ったが、意識の外ではあるまい。秀吉もそうだ。呼吸が合っていたからこそ、本能寺の直後から上方に関わらず甲信制圧に邁進出来た。」
「…確かに。」
「儂の呼吸の外に居る2人目、それが秀頼じゃ。」
「………秀頼公を………恐れて居られる?」
「………少し………な。」
「ならば、大御所は大丈夫ですな。」
「なに?」
「大御所はあの総見院が一目も二目も置かれた御方。意識の外の物の怪の扱いには慣れて御座います。秀頼公が総見院並みの物の怪やもしれぬと見破られた今、最早憂いは有りますまい。」
「…貴様………儂に若い頃以上に働けと。意趣返しか。」
「ええ。意趣返しでございます。せいぜいもうひと踏ん張りして頂きますぞ。」
「佐渡の言う事よ。」
家康が言葉を切り、薬湯を入れる。当然のように本多正信がそれを飲み干す。
「で、如何なされまする。」
「当座の処置か………まあ、無理じゃろうが上手く行けば良し。上手く行かねば………生贄が必要じゃな。」
「秀忠様は勿論、正純も土井利勝、酒井忠世等も、失う訳にはいきませぬな。」
「当然じゃ。次代を担う者に傷は付けられぬ。正純など意外に剥けて来て居るしのう。」
「あ奴もようよう、浮かれ癖が失せつつあります。あり難き事でござります。」
「まだまだ威は纏えておらぬがの。やはり佐渡の倅か。」
「在れ(正純)に威は無理でござりましょう。」
「ははは、許せ。佐渡に威が今少し有らば………惜しいと常々思っていたのだ。」
「やれやれ………されど、そうなると生贄は?」
「やや惜しい気もするが、仕方あるまい。その時は藤堂を使うしか無かろう。」
あわれ、目先の敗戦の責の持っていき場が藤堂に内定したのだった。




