48 誘引
大坂城、南西端。少しの距離を置いて木津川口砦が見える。さらにはるか向こうには船場南方砦も見え、その向こうには木津川本流の太い川が流れている。此処に先日侍大将に昇格した結城朝勝と、元々秀頼の密命をうけ、この方面で作戦準備に当たっていた毛利勝永が並んで立っていた。
「なんと、では勝永殿は元々、戦場が膠着した場合に備えて大坂城西側に幕府軍を引きずり込む密命を受け、作業の準備にかかられていたと…。」
「如何にも。先日の軍議で朝勝殿が出された策が、同種の狙いを含んでいた為、我ら2名、共同するようにとの御配慮でしょうな。この大坂城、最初からこの西側の空間に、ちょうど手頃な人数の敵方を引きずり込んで削り取るための空き地が設けられているのではないか?そう秀頼様は考えられて居る様子。」
「…成程。それでわざわざ木津川口砦も中途半端な位置に設けられている…。落とす気になれば比較的簡単に落とせる程度に大坂城から離してわざわざ造っている、秀頼様はそう判断されたと。」
「考えてみれば、太閤殿下は城攻めの名人。なのに周辺に散在する砦はいずれも大坂城からの支援が届きにくい場所。おかしな話です。」
「確かに。勝永殿の云われる通りですね。砦も変ですが、中途半端に空いている大坂城の西側の空き地。秀頼様はいずれ大坂城の、この西の空き地にも幕府軍が兵を入れてくると元々考えられておられた訳ですか。」
この場所には、大坂冬の陣でも池田、浅野、山内、蜂須賀といった面々が兵を入れている。
「では、大阪城周辺に散在する砦は、わざと落とさせるための撒き餌、大阪城本体以外はどうとでもなる…そう思わせて、この大坂城西に削り取るのに丁度手ごろな2万か3万を引きずり込み各個撃破する下準備だった………。ああ!それでは木津川口砦を支援できるように総構を西に延長しては本来の狙いと齟齬が!」
「いや、それは大丈夫かと。寧ろ、なんの抵抗も無く明け渡すのも不自然。木津川口砦に掛かれる人数など数千でしかないので、それを撃退した処で幕府の攻勢が止みはしますまい。木津川口砦のすぐ北まで総構が伸びて、木津川口砦が落ちない場合、業を煮やした幕府は猶更大坂城西一帯に兵を入れ、延長した総構に圧力を掛けてくるでしょう。」
「そうか、それもそうで御座いますね。となると、延長した総構は鉤型に西側にも対処する形状にせねばなるまいか………うーん、これは結構難工事ですな………。」
「それがですな…実は秀頼様からこのような案を頂いており………。」
毛利勝永が一枚の絵図面を出す。
総構よりずっと小さい規模、人がギリギリすれ違い出来、腰をかがめて小走りに走れば身を隠せるだけの溝………後世で『塹壕』と呼ばれていた………ものだ。
「これは?」
「これが秀頼様より仰せつかった『塹壕』と云うもので御座る。」
「?」
「解りませぬか。まあ、かく申す自分も最初は『なんだ?これは?』と思ったのですが、実は恐るべきものですぞ。先ずは比較的簡単に作れまする。」
「それはそうでしょうが………」
「簡単に造れるので、うねうねと蛇行もさせられますな。」
「それも、そうですな………。」
「ここに鉄砲兵を詰めまする。普通に立てば頭だけ出して鉄砲を地面に据え付けられます。」
「鉄砲を地面に………あああああ!」
「さらに、先日見た、立花殿の工夫を我らも致せば?」
「鉄砲兵が隠れながらにして、敵陣へ接近しつつ射撃できる!」
「左様。幕府の多くの兵は銃弾火薬の定数が我ら西国兵よりもぐっと少ない。たとえ彼らが同じことをしたくとも出来申さぬ。」
「と云う事は…。」
「はい。木津川砦への支援は従来通リ、総構をジワジワ延長していく。総構が伸びてくるのを見た幕府軍は猛攻して急いで木津川口砦を落としにかかると同時に総構からの支援を分散させる必要から、急ぎ、大阪城西の空き地に軍を入れる………そういう事で御座いますよ。」
「そうして、大阪城西に誘引した幕府軍を、この塹壕を素早く伸ばして包囲殲滅する………ですか………。」
「鉄砲火薬の量だけで勝負を決めてしまおうという、戦略ですな。」
「長篠の戦の武田軍同様の結果が待っている………そういう事ですか。長篠では鉄砲の怖さを知らぬ攻め手を鉄砲で待ち受けたが、今回は怖さを知る相手。ならば、鉄砲側からずいずいと近寄ってしまえ………と。」
「はい。そこで問題になるのが、塹壕を掘る速さでござるが、これを。」
毛利勝永が別の絵図面を出す。
そこには、先端に大きな匙がついた、現代で云う『スコップ』が描かれていた。
「地面を掘るための道具との事です。大坂城西は湿地で御座れば、これで掘れば一晩で3間や4・5間は掘れるだろうとの事。すでに数本は出来上がり、兵に練習させています。」
「………こんな道具まで………」
「実際に少し掘ってみたので御座るが、いとも簡単に塹壕が掘れますな。このあたりの地面が湿地で有るので大きな木の太い根も張っていないうえ、水を含んで元々ほぐれた土です。ザクザクと掘れまする。まあ、塹壕の足元に湧き水が少し溜まりますが兵の進退に影響するほどでは御座いませぬ。」
「それでは、引きずり込みさえすれば、数万は確実に削れるのでは?」
「普通は。したが、相手はあの家康なれば、いざ戦場の現場に立たば何か手段をひねり出すやもと、この勝永が寄せ手の立場であったなら如何しのぐか、思案している処で御座る。」
そこまで話が進んで朝勝も共に考え始める。自分が寄せ手の将であったなら如何するか………
「塹壕に入っているのは鉄砲兵が殆どですね。」
「7割8割はそうなるでしょうか。」
「ならば、部隊前面に防弾盾をびっしり並べて壁を造っては?曲射する弓隊が伴わないなら正面だけ守りつつ塹壕に迫れるかも………」
「おお、成程。弾除けの盾は通常でも準備はされているので、かき集めて即席の壁ぐらいは出来そうで御座るな………。そうなると、盾を破壊するための大鉄砲も、それなりの数を混ぜておくか………。」
「さらに寄せ手も塹壕を掘り身を隠しつつ迫る…とか…。掘る速さは我らが早いでしょうが、寄せ手も塹壕を掘る事は可能かと………。」
「うっ!……それはちと煩い手で御座る。お互いの塹壕が鉢合わせすると不意の白兵戦になる。それでは数に勝る寄せ手に分がある………ううむ………」
目には目を、塹壕には塹壕を………はいかにも歴戦の家康ならすぐに思いつきそうな事だけに、二人して悩んでしまう。だが、沈んだ雰囲気の沈黙を結城朝勝が破った。
「あの、こんな物を造っておけば如何でしょう?」
結城朝勝がやおら絵を描き始める。
「?朝勝殿………これは一体??………」
「こっちが前ですな、そしてこうゴリゴリ……と………」
「なっ……あああーーーーーーーーー!」
驚愕する毛利勝永。そして破願一笑、
「素晴らしい! されど、此れは我らの塹壕相手にも使えまする。ここぞという時まで秘めておき、一撃で決めねばなりませぬぞ。」
「ですね。自分で考えておきながら、相手もその気になれば作れるのが残念です。」
「なに、先に考え付き、予め造ってある、そこが勝負ですぞ。この戦、勝ちますぞ!」
「ええ、必ずや。」
意気投合した結城朝勝と毛利勝永は意気揚々と帰陣するのだった。




