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45 秀頼、兜の緒を締める

大坂城大広間。此処に集められた大坂方諸将の意気は天を突かんばかりに上がっていた。

立花宗成を領国に退けただけでなく、陸奥勢約3万をろくに戦わずして退けたのだから当然だ。

上座に座る秀頼は勿論、最前列に座る真田幸村も、顔でこそニコニコしているが内心どうやって引き締めるか腐心していた。


「此度も余裕だったのう。」

「総構さえ健在なら、何十万来ようが一分も揺らくことは無いわ。」

「おうよ、あの立花勢ですら、取りつくのがやっとで一瞬たりとも空堀を越える目は無かったしのう。」


これは良くないと幸村を目配せした、ちょうどその時、


「各々方、なにを勘違いされておるか。確かに幕府方は総構を越えられ無かった。だが、それだけだ。我らとて一度たりとも出撃できず敵を削れても居ないではないか。働いたのは総構だけのようなものよ。幕府方を削っていかねばなにも先は見えてこぬわ。」


後藤又兵衛が真正面から切って捨てた。

ああ、これは又兵衛は本気でそう思っているな。

又兵衛の怒気を含んだ一撃であっという間に広間が静まり返ってしまう…。

おやおや、又兵衛に冷水撒かれて今度は逆に諸将が委縮してしまったか。真田、なんとかしてくれ…。


「ははは。又兵衛殿。ちと薬が効きすぎのようですぞ。取り敢えず、3万ほどは戦わずして削れたので、まずは良しとしましょうぞ。」


幸村が又兵衛をとりなす形で納める。又兵衛にまともに向かい合うのは真田でのうては角が立つ。幸村もそこらは良く理解してくれているようで助かった。

では儂(秀頼)も参加して話を進めよう。


「先日の振り返りはそれぐらいで良かろう。寧ろ問題は幕府の次の出方だが?…どうだ、勝永(毛利勝永)。」


話を振られた毛利勝永が小考して応じる。


「恐らくは冬の陣同様、大坂城周辺の砦を落して回り、世間に()()幕府側が優位であるかのように振る舞い、先ずは先日の敗戦を糊塗しようとするかと。」

「やはりそう思うか。だが、周辺の砦では大兵を迎撃は出来ぬ。冬の陣のように抗っても、やはり無駄になると思うが?」

「は。されば、周辺の砦は無視して、放棄されては如何かと。」


これに即座に反応したのは薄田兼相を先頭に真正面からの戦闘を専らにする武将達だ。


「何も抵抗せずでは、これまでの戦勝が無駄になりましょう。叶わぬまでも寄せ手を痛めつけ、撤退すれば良いのでは?」

「ふむ。兼相達の戦意が高いのは良くわかった。頼もしい事ではあるが、それだけに猶更そなた達を無駄に危険に晒したくは無いのだ。この先必ず無理を言わねば成らない場面が来る事だろう。その時まで、その溢れる士気を溜めておいてはくれぬか。」


主君の秀頼にこう云われてしまっては否やは無い。兼相達も後日の奮戦を誓って引き下がる。

それを待って、大谷吉治が発言を求めて来た。


「今福や土佐堀砦は放棄で良いでしょうが、木津川口砦は、一応の抵抗を見せたほうが良くはありませぬか?幕府側は此処が唯一最大の物資搬入口と考えて居りましょう。あまりに無抵抗だと何か感付くやもしれませぬ。」


成程、確かにそういう面は有るかと思わず考え込むが、そこで幸村が応える。


「それならそれで、かえって疑心の種にもなりましょう。大坂方は何を仕出かすか戦国の頭では理解出来ない奴ばら………そう家康に思わせておけば十分。また、何か異変を感じ取った処で、それが何か迄は想像が及びますまい。秀頼様の秘策は家康は愚か、我らの多くも想像の埒外であったのですから。」


そう言いつつ祐筆として秀頼の横に侍る大橋龍慶を目配せする。

ハッと気が付いた大谷吉治が何食わぬ顔で幸村に応じる。


「成程、()()は戦国がこびりついた老人では想像不可能ですな、確かに。ならば砦は放棄で無問題………と。」

「如何にも、如何にも。全く心配は御座いませぬなぁ~。」


大谷吉治に賛同しつつ明石全登もわざとらしく大仰に言葉をかぶせ、???顔の兼相達の発言を封じてしまう。…上手い。


「ふふ。まあ砦はそれで良いとして、確かに幕府軍を直接削る事も必要に思うが………どうだ、誰か算段は無いか?」


流石に難題になるのか、皆目を合わせず考え込んでしまう。

これが要塞防御の難しい点だ。

相手が攻めてくれば対応するだけで士気は維持できるが、相手が遠巻きに手出ししてこないとジワジワと気が()んで士気が下がってしまう。

予め策を仕込んでいる毛利勝永と目が合うが、視線で黙っているように合図して抑えた。

適当な時間諸将に考えさせた後、諸将の中ほどに紛れ込んでいる、(かね)て申し合わせしていた結城朝勝と目を合わせる。

ハッと悟った結城朝勝。


「恐れながら………。」


膠着状態の軍議でさほど名が売れていない朝勝が声を上げたので皆の視線が一斉に集まった。


「………総構の堀をジワジワ西に延長して木津川口砦を支援できる状態にしては如何でしょうか。」


予て城下の見回りに結城朝勝と出た居り、何も聞かされていない朝勝が独自の案として大坂城の西側への拡張を口にした事がある。その話は大坂城の西側、海までを丸ごと大坂城に取り込む壮大な話だったので当分実現しそうもない事だったのだが、事、木津川口砦だけに関してであれば、さほどの大工事ではない。

各種砦のうちでも最も大坂城に近く、大阪城南の総構えを少し西に延長するだけで木津川口砦のすぐ北に届く。そうなれば木津川口砦は一朝一夕では落とせない砦に化けるのだ。

元々大坂城を西に拡張できると考えていた結城朝勝。やはり気が付いたな。


「成程、砦が孤立しているならば大阪城のほうから、砦に近づいてやれば良い………そういう訳か!」

「考えましたな、結城殿。」

「うむ、大坂城がすぐ後ろまで来れば、放棄する場合でも余裕のある撤退が出来る。これなら砦で一当てして幕府側に出血を強いる事も出来ような。」


諸将から賛同の声が上がる。だが………


「あ、いえ、お言葉はあり難いのですが、やはり砦は放棄する事になるかと…。」


急に元気になる諸将と違い、朝勝は冷静だ。


「それは如何なる事でござろうかな?」


此処に至り後藤又兵衛も本気で結城朝勝の構想が知りたくなったのか、腰を据えて聞く態勢で結城朝勝を正面に見据えて座の向きを変えてしまった。諸将もそれに習い、まるで結城朝勝を囲む円陣が出来上がってしまう。


「されば、総構はあれほどの深さと幅で御座いますので、延長には相当な日数が必要でしょう。幕府軍の木津川口砦攻撃には間に合うとは思えません。が、総構を西にジワジワ延長すれば、今度は落とした木津川口砦を守る幕府側が維持に汲々とする事になります。なにせ、総構と近すぎますので、いつ大坂方から襲われるかと、満足に眠る事もできませぬ。そこに幕府軍を削る糸口が出来るのではないでしょうか。」


(なるほどのう…)

(いやさ、此処にも知恵者が居ったか。)

(手堅い、良い手ではないか?)


諸将の評価も上々のようだ。

軍議が結城朝勝を囲む会になっているのを良い事に、横に居る右筆の大橋龍慶に話しかける。


「どうした龍慶、顔色が優れぬぞ。」

「い、いえ、自分は元々このようなもので。」

「そうか。まあ、右筆なれば陽に当たる事も少ない。青白くて普通なのかもな。だが、どうだ結城朝勝の案は。」

「は、自分にもお見事な案のように思います。」


大橋龍慶に結城朝勝を印象づけておいて諸将に命を下す。


「軍議も纏まったようだな。では、結城殿、この総構延長工事は結城殿が差配してとりかかって貰いたい。またこれを期に結城殿も侍大将に昇格する事とする。各々も異存はないな?」


諸将にも不満は無く一斉に平伏する。

こうして大坂方に、新たに主力となる武将が誕生したのだった。

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