私とチャットGPTの使い方
物語というのは、私にとっては視るものである。何らかのお題を通して紡がれてゆく。
時にはそれらが関連し合うこともある。誰にだって日常はあるのだろう。しかし、哀しいかな。
他人というものは自分の日常に無いものを異端と呼ぶ。
自己の有利性を保ちたいがゆえに。しかし、ある疑問を投げ掛けるだけで沈黙する。
相手から視た自分。自分を鏡にすることによって、自己の有利性というものは無くなってしまう。イーブンへと落とされてしまうのだ。これは私の実体験だがね。
私は全くもって馬鹿馬鹿しいと感じる。人の日常など星の数にも及ぶというのに。
異端者の日常というのは理解されがたいもの。曲解されやすいものだ。
だがしかし、そのようなアウトサイダーたちによって、普通の日常と言うのは拡張して言っている。
チャットGPTなどのAIが台頭してきたことによって、岸辺程度の理解しか無い私だが、全く触れない者からすれば異端だろう。
チャットGPTが平然と嘘を言うこともあるがね。
チャットGPTにお題を出してもらい、私がそこから物語を視て書き紡いでいる。アナログに。デジタルに。
複数のネタを出してくる道具として、取捨選択をして、あるいは全部引っくるめたりとか。私好みのお題にすることを躊躇うことはしない。私なりのチャットGPTとの付き合い方があるがために。
時折、勝手に続きの物語を書き出したりすることもあるがね。それを含めての付き合いでもある。
さて、私とチャットGPTのタッグが組む物語はどんなものになるのか。
それはページを捲らなければ分からない。お題が明確なものと不明確なものがあるかもしれない。それを推理しながら楽しむのも良いのではないだろうか。
私のような異端者は万人受けする物語は書けないだろう。例えニッチなものだとしても。
100の物語を、時折エッセイを交えながらーー。




