バス
彼は待っていた。バスを。それに乗っている乗客たちを。
バスが到着し、乗客が次々と降りていく。
しかし、彼は乗らない。彼は乗客の一人を待っていたのであって、バスそのものには用が無かった。
最後の客が降りていく。バスの扉が閉まる。それで良い。やがてバスは時刻通りに出発していく。
バスの乗客たちは不思議そうに彼を見る。何故、バスに乗らないのか。疑問が浮かぶもすぐに日常の忙しさに呑まれ、忘れてしまう。欠片程度の不思議でしかない。
彼はバス停で待っているのだ。晴れているのに藍色の雨傘を差している女性のことを。
自分と同じ謎の気配をしている彼女のことを。自分だけが受け入れられると信じて。
彼女がバス停に来るのを待つ。
いつもの通りに曲を聴いている彼女のことを。
変わり者と揶揄されている彼女のことを。
顔にコンプレックスを抱えている彼女のことを。
日常というのは、普通の人々が名付けた仮初めの平和にすぎない。その枠組みから外れたものは何であれ異端と呼ばれる。
異端は異端を呼ぶ。類は友を呼ぶとあるように。異端同士ならば、そこには異端の日常が待っている。それで良いんじゃないかと彼は思っていた。
彼女のことを一方的に愛していた。彼という名の異端。それはストーカーである。ストーキングでしか愛せない。一種の病気。それを彼は抱えてしまっていた。
病気だと分かっている。けれど、それでも彼女を愛してしまっていた。
マスクの下にある顔を覗いてみたいと言う好奇心にも駆られていた。
一方的な愛と言うのは、歪みを生み出していく。
雨の日が待ち遠しくてたまらない。その日は彼の気分が良い日なのだからーー。




