商隊の雑用係
『行くか、王都』なんて格好をつけて、ルクスの北門をくぐったのは良かったのだが――。
(……で、王都ってどうやって行くんだ?)
門を出て数百メートル歩いたところで、俺はぴたりと足を止めた。
地図は買った。北へ延びる街道の先に、王都の印があることもわかる。
だが、そこまで何日かかるのか。途中に宿場はあるのか。歩いて行くのが普通なのか。肝心なことが、何ひとつわからない。
考えてみれば当然だ。コルー村とルクスの往復しかしたことのない十五歳が、王都までの道のりなんて知っているはずもなかった。
いくら秘めた力があっても、道に迷って野垂れ死んだら元も子もない。
(……まずは情報収集だな)
苦笑いしながら引き返し、俺は門の近くの露店街へと足を向けた。
香ばしい肉の焦げる匂いに誘われるまま、煙を上げる一軒の串焼き屋に近づく。
鉄板の前で大ぶりの串をひっくり返している、頑固そうなおっちゃんに、俺は愛想笑いを浮かべて声をかけた。
「すみません、王都へはどう行けばいいか、教えてもらえませんか?」
「あぁ?」
おっちゃんは、安物の服に革鞄、腰にナイフを一本差しただけの俺の身なりをじろりと眺め、鼻で笑って手をしっしっと振った。
「おいおいボウズ、ここは案内所じゃねぇんだ。客でもねぇ奴に、タダで教えてやる義理はねぇな。買わねぇなら退きな」
(……まあ、そうなるよな)
商売人としては、ある意味まっとうな対応だ。
俺は懐から大銅貨を一枚取り出し、台の上に置いた。
「じゃあ、その串をひとつ。お釣りはいらないです」
「……へっ。わかってるじゃねぇか、ボウズ。毎度!」
おっちゃんの顔が、あっさりと緩んだ。
差し出された串焼きの値段は、せいぜい銅貨二、三枚。前世の感覚でいえば、三百円の串に千円札を出して、残りを情報料にした計算だ。
この世界の通貨は、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、白金貨の六種類。銅貨一枚がリンゴ一個くらい、銀貨一枚あれば、そこそこの宿に食事付きで一泊できる。
路銀に余裕があるとはいえ、無駄遣いはできない。それでも、今の俺にとっては安い買い物だった。
焼き立ての肉にかぶりつくと、熱い肉汁がじゅわりと口いっぱいに広がる。
「うまっ……!」
「へっ、だろ? で、王都だったな」
大銅貨をポケットに放り込んだおっちゃんが、満足げに顎で北の街道を指した。
「王都へ行くなら、普通は定期の乗合馬車だ。……が、次の便が出るのは三日後だな。歩いて行く度胸がねぇなら、どっかの宿で三日待ちな」
路銀には余裕があるから、三日待つこと自体は問題ない。
だが、一度火のついた胸の高鳴りは、そう簡単には収まってくれなかった。一日でも早く、王都をこの目で見てみたい。
俺が「三日かぁ……」と渋い顔をしていると、おっちゃんが串の灰を払いながら続けた。
「まあ、どうしても今日行きてぇなら、あっちの荷の集積所にいる大型の商隊に頼み込んでみるんだな。なんでも、さっき街道でファングベアに襲われたらしくてよ。熊のほうはなぜか勝手に死んでたって話だが、雑用係に怪我人が出て、人手が足りねぇって頭抱えてたぜ」
(……あの熊、その商隊を襲ってたのか!)
巡り巡って、こんなところで繋がるとは。
今日出発する商隊に乗せてもらえるなら、願ってもない話だ。
「おっちゃん、ありがとう!」
残りの肉を口に放り込むと、俺は教えられた集積所へと急いだ。
◇
集積所には、頑丈な幌付きの大型馬車が何台も並び、商人たちが慌ただしく荷積みに追われていた。
その中に一人、いかにも責任者らしい恰幅のいい男が、帳面を片手に頭を抱えている。
俺はまっすぐ、その男のもとへ駆け寄った。
「すみません! 雑用係の人手が足りないって聞きました! 俺にやらせてもらえませんか? 食事と、馬車の隅に乗せてもらえれば、荷物の積み下ろしも飯炊きも、何でもやります!」
「ん? お前……」
商人の男は、品定めするように俺の全身を眺め回した。
「体力仕事なら任せてください! 邪魔は絶対にしませんから!」
「うーむ……まあ、怪我で動けなくなった小僧の穴埋めは、喉から手が出るほど欲しいからな。よし、食事と馬車の隅っこくらいは用意してやる。そのかわり、王都までの雑用はしっかり頼むぞ。護衛の邪魔だけはするなよ」
「ありがとうございます!」
こうして交渉はまとまり、俺は今日出発する商隊に、雑用係として潜り込むことに成功した。
ちなみに、ルクスにも冒険者ギルドの支部はあったが、俺はあえてそこで登録しなかった。
理由は単純だ。
せっかく王都へ行くのなら、どうせなら憧れの『冒険者ギルド本部』の大きな受付で、格好よく登録してみたい――そんな、ちょっとしたミーハー心である。
……それに、ファングベア騒ぎの真っ只中にある支部で、のこのこ新人登録なんてしたくなかった。
「おいおい、なんだそのガキは?」
案内された荷馬車には、使い込まれた革鎧や鉄の胸当てを身につけた四人の男たちが、偉そうにふんぞり返っていた。
大剣を肩に担いだリーダーらしき男が、眉をひそめて俺を見下ろす。
「急遽見つけた雑用係のリトだ。邪魔はさせんから、よろしく頼むよ」
商人がそう紹介すると、男たちは鼻で笑った。
「雑用ねぇ。おいガキ、俺たちはDランクパーティの『赤き鉄槌』だ。街道にはEランクやDランクの魔物がゴロゴロ出やがる。変にパニック起こして、足引っ張るんじゃねぇぞ? 命が惜しけりゃ、俺たちの後ろで震えながら雑用だけしてな」
「はい! よろしくお願いします!」
俺は素直に、深々と頭を下げた。
横柄な態度のDランク先輩。うん、実にコテコテのファンタジー展開だ。いっそ安心感すら覚える。
◇
最初の数日は、順調そのものだった。
街道沿いに出てくるのは、Fランクのグリーン・スライムや、せいぜいEランクのジャイアント・ラットくらい。
それらは『赤き鉄槌』の面々が、「ハハッ! 雑魚め!」と派手に剣を振り回して追い払っていく。
俺は言われた通りに荷物を運び、夜は薪を拾って飯炊きを手伝い、『無害な子供』を演じ続けた。
そして、旅に出て五日目の午後。
鬱蒼とした森に左右を挟まれた、細い難所に差し掛かったときだった。
――ズシンッ、ズシンッ……!
地鳴りのような足音が響き、街道の先から巨体が姿を現した。
体長二メートルを超える、巨大なトカゲ。
背中から腹の脇までを、ゴツゴツとした岩のような甲殻がびっしりと覆っている。
「おい! ロックリザードだ! 陣形を組め!」
ロックリザード。
Dランクの魔物で、その甲殻には並の鉄剣では刃が立たないと聞いたことがある。
『赤き鉄槌』のリーダーが叫び、大剣を構えた。
「グロロロロッ……!」
低い唸り声とともに、ロックリザードが巨体に見合わぬ速さで踏み込み、突っ込んでくる。
「正面から受けるな! 横に回れ!」
四人が散開し、大剣や斧を叩きつける。
だが――。
――ガキィィンッ!!
甲高い金属音が響き、リーダーの大剣が、あっけなく弾き返された。
「クソッ、硬ぇ! 腹だ、腹の下を狙え!」
「無理だ! 這いつくばって突っ込んでくるから、腹が見えねぇ!」
怪我人こそ出ていないが、先輩たちは明らかに攻めあぐねていた。
ロックリザードは太い尻尾を力任せに振り回し、土煙を巻き上げている。
このまま長引けば、馬車に被害が出るか、先輩たちの体力が尽きるか。どちらにしても、じり貧なのは目に見えていた。
荷馬車の陰で荷物を守るふりをしながら、俺はじっと戦況を見つめていた。
(このままじゃまずいな……。ちょっと転ばせるくらいなら、バレないよな?)
しゃがみ込んだまま、右手をそっと地面へ向ける。
生み出すのは、爆発させるための泡じゃない。
米粒よりも小さな泡を、何十個も。
一つひとつの膜に強い弾力を持たせ、潰れずにころころと転がるように仕上げる。
踏めば、丸太のコロの上に足を乗せたのと同じだ。
(……あそこだ)
ロックリザードが再び前脚を踏み込み、リーダーへ向かって突進を始めた、その瞬間。
俺は土煙に紛れさせて、右前脚が着地する寸前の地面へ、目に見えないほど小さな泡の群れを滑り込ませた。
――ツルンッ!!
「グエッ!?」
全速力で突っ込んでいた巨体の、右前脚だけが、ありえない方向へ横滑りした。
勢いを殺しきれず、ロックリザードは大きくバランスを崩し――ごろんと、腹を天に向けて横倒しになった。
むき出しになる、白く柔らかな腹。
「な、なんだ!? すっ転んだぞ!?」
何が起きたのかわかっていない様子のリーダーだったが、身体のほうは、千載一遇の好機に即座に反応していた。
「よっしゃあ! 隙だらけだぜぇ!!」
「いっけぇぇぇ!」
『赤き鉄槌』の面々が一斉に飛び込み、無防備な腹へ、剣と槍を次々に突き立てる。
「グガッ……!?」
断末魔の叫びとともに、ロックリザードは何度か痙攣し、やがて動かなくなった。
「倒した……倒したぞぉーっ!」
静まり返った街道に、リーダーの雄叫びが響き渡る。
「見たか! 俺たちの完璧な連携!」
「最後のアレ、俺の一撃が足に効いてコケたんだぜ!」
ドヤ顔でハイタッチを交わす先輩たち。
俺は荷馬車の陰からひょっこり顔を出し、無邪気な笑顔を貼りつけて、ぱちぱちと手を叩いた。
「すごいです! 皆さん、めちゃくちゃ強いんですね!」
(……いや、転ばせたの俺なんだけどな……!)
喉まで出かかった言葉を、俺は必死に飲み込んだ。
『俺のおかげだぞ』とドヤ顔したい気持ちと、それだけは絶対にダメだという理性。
ぐらぐらと揺れる心を笑顔の下に押し込めて、俺は『無知で無害な子供』を演じきった。
◇
討伐のあと、解体を手伝っていると、先輩たちが上機嫌で話しているのが聞こえてきた。
「おい、こいつの背甲は上物だぞ。王都のギルドに持ち込めば、銀貨十枚にはなるな!」
「マジか! 一人あたり銀貨二枚と大銅貨五枚か! 今夜の酒代が浮いたな!」
「おい雑用ガキ! お前も荷積み手伝え!」
「はいっ!」
元気よく返事をしながら、俺は頭の中で、そろばんを弾いていた。
(へぇ……Dランクの素材で、銀貨十枚か)
串焼き一本が銅貨数枚。宿に一泊して銀貨一枚。
それを考えれば、一匹で銀貨十枚というのは、なかなかの稼ぎだ。
(宿代に飯代、装備の手入れ……。王都に着いたら、ちゃんと冒険者登録して、自分で稼がないとな)
そのためにも、まずはギルド本部で、地道にランクを上げていく必要がある。
正体は隠したまま、裏でしっかり成果を出す。
改めてそう心に決め、俺は汗を拭いながら、重い背甲を荷馬車へと積み込んだ。
王都までは、あと数日。
ガタゴトと揺れる馬車の先に、まだ見ぬ街の姿を思い描きながら。




