王都到着、冒険者登録
商隊の馬車に揺られること、さらに数日。
開けた街道の先に、青空を突き上げるような巨大な影が見えてきた。
見上げるほどの高さを誇る、白亜の二重城壁。
前世で見慣れたコンクリートのビル群とはまるで違う。積み重ねられた石の一つひとつに、何百年分もの歴史が染みついているような、圧倒的な重みがあった。
アトリアス王国の心臓――王都だ。
「さあ着いたぞ、坊主。ここが王都だ」
御者台の商人に声をかけられ、俺は荷台から身を乗り出した。
門をくぐった瞬間、肌に触れる空気の質が、がらりと変わった。
大通りを埋め尽くす喧騒。
酒場から漏れる蒸留酒の匂いに、どこかで使われた魔法の、焦げたような残り香。屋台からは、見たこともない魔物肉の香辛料焼きが、香ばしい煙を上げている。
石造りの街並みは坂と階段が幾重にも折り重なった立体的な造りで、その間を、馬車だけでなく、巨大な鳥のような騎獣や、鈍く光る甲殻に覆われたトカゲの背に乗った人々が行き交っていた。
(……すごい。これぞ、ファンタジー……)
驚かされたのは、街並みだけじゃない。
ぴんと立った獣の耳と立派な尾を揺らしながら、露店で値切り交渉をしている獣人の商人。俺の背丈を軽々と超える巨体に、岩のような筋肉をまとった鬼人族の戦士。透き通るような肌と優美な佇まいで、魔導具店の扉をくぐっていくエルフの女性――。
前世では物語の中にしかいなかった種族たちが、目の前で、当たり前のように暮らしている。
思わず口が半開きになっていたことに気づき、慌てて閉じた。
商隊の荷降ろしをてきぱきと済ませ、世話になった商人に礼を言うと、俺はまず拠点となる宿を探した。
中層区の路地裏で見つけた、一泊銀貨一枚の手頃な宿に部屋を取る。
荷物を下ろし、清潔なベッドに倒れ込むと、長旅の疲れが一気に全身から染み出してきた。
(まずは……何はともあれ、冒険者ギルドで登録だな。身分証にもなるし、動ける範囲が段違いに広がる)
天井を見上げながら明日の予定を組み立てているうちに、俺はいつの間にか眠りに落ちていた。
◇
翌朝。
俺は王都の中心街にそびえる、冒険者ギルド本部の前に立っていた。
高い吹き抜けを持つその建物は、まるで巨大な大聖堂だ。
重い扉を押し開けた途端、朝早くだというのに、むわりとした熱気と、肌を刺すような威圧感が押し寄せてくる。
ギラついた目で依頼書を睨む者。身の丈ほどの両手剣を背負った者。使い込まれた魔導杖に寄りかかって、酒臭い息を吐いている者。
ルクスの支部とは、空気の重さがまるで違った。
(……ここが、ギルド本部)
ごくりと唾を飲み込み、俺は『新規登録』の札が掛かった窓口へ向かった。
「すみません、冒険者の新規登録をお願いしたいんですが」
「はい、冒険者ギルドへようこそ! では、こちらの書類にお名前と、お持ちのスキルをご記入いただけますか?」
差し出された羊皮紙に、『リト』、そしてスキルの欄に『泡生成』と書き込む。
紙を受け取った受付嬢は、一瞬だけ動きを止め、小首をかしげた。
「……【泡生成】、ですか? 珍しいスキルですね。戦闘の補助用……でしょうか?」
「いえ、生活魔法みたいなものです。泡が出せるだけで」
「あ……なるほど」
曖昧な笑みを浮かべた受付嬢は、カウンターの下から、拳ほどの大きさの透明な石を取り出した。
「では次に、属性と魔力の確認をさせていただきます。こちらの測定石に手を置いて、魔力を流してみてください」
村で母さんに調べてもらったときの感覚を思い出しながら、俺はそっと石に触れ、魔力を流し込んだ。
石の内側に、ぽつり、ぽつりと光が灯る。
赤、青、白。
三つの光が、今にも消えそうなほど弱々しく瞬いた。
「あら……? 『火』『水』『氷』……トリプル適性ですか! これは珍しいですね!」
受付嬢の声が、少しだけ弾んだ。
その声に、近くで立ち話をしていた冒険者たちが、「トリプル?」とこちらを振り向くのがわかった。
背中に、いくつもの視線が突き刺さる。
(……うわ、目立ってる。最悪だ)
内心で頭を抱えながら、俺は平静を装って、次の指示を待った。
「では、あちらの的に向かって、使える魔法を試しに撃ってみてください」
案内されたのは、ホールの一角に設けられた、石造りの試射場だった。
周りから丸見えの位置だ。
俺は的に指先を向け、いつもの癖で熱が一点に凝縮しないよう、わざと力を抜いて唱えた。
「【プチフレイム】」
――ぽっ。
指先に灯ったのは、息を吹きかければ消えてしまいそうな、小さな小さな種火。
続けて試した【プチアクア】は、指先に水の玉をひとつ浮かべただけ。【プチフロスト】は、爪の先にうっすら霜を降ろしただけで終わった。
普通のプチ魔法と比べても、明らかに、小さすぎる。
一拍の静寂。
そして――ホールが、どっと沸いた。
「なんだありゃあ! トリプル適性なんて言うから、どんな奴かと思えば、ただのチビ種火じゃねぇか!」
「ガハハ! ロウソクの火以下だぞ! あれで何と戦う気だ? 焚き火の火熾しにも使えねぇ!」
「属性が三つあるだけの、典型的な器用貧乏だな!」
腹を抱えて笑う冒険者たちを前に、受付嬢が気の毒そうな苦笑いを浮かべる。
「ご協力ありがとうございました。なお、当ギルドの規約により、新規登録の方は実力にかかわらず、一律で【Fランク】からのスタートとなります。ご了承くださいね」
「おいおい、規約がなくたって、あいつは満場一致でFランクだろ!」
「ギャハハ! 違ぇねぇ!」
(……ちょっとムカつく。けど、これでいい)
嘲笑を浴びながら、俺は奥歯を噛んで、自分に言い聞かせた。
ハズレスキルに、器用貧乏な初歩魔法。
今日ここにいる全員が、俺をそう覚えてくれた。目立たずにやっていくには、これ以上ない滑り出しだ。
「それではリトさん、こちらがFランクの冒険者証になります。どうか、事故のないようにお気をつけて」
「ありがとうございます」
鈍い銅色の金属プレートを受け取り、俺は背中に笑い声を浴びながら、静かにギルド本部を後にした。
◇
その一部始終を、二階の回廊から見下ろしている男がいた。
手すりに片肘をついた、岩を削り出したような強面の大男。
冒険者ギルド本部を束ねる、王都のギルドマスターだ。
階下の笑い声には目もくれず、彼の鋭い眼光は、少年が去っていった扉に向けられたままだった。
(……なんだ、今の違和感は)
分厚い腕を組み、眉間に深い皺を刻む。
(魔力の量も、火の大きさも、ガキの遊びだ。だが……あの種火の芯。あの密度は、なんだ? まるで、魔力そのものを限界まで押し固めたような……)
長年、死線を潜り抜けてきた勘が、首筋の奥をかすかに逆撫でしていた。
(……いや。見間違いか。駆け出しの小僧に、魔力の圧縮なんて芸当ができるはずがねぇ)
男は小さく鼻を鳴らし、手すりから身を起こした。
それ以上は追わず、奥の執務室へと踵を返す。
「……リト、か」
ただ、その名前だけが、妙に頭の隅に引っかかっていた。




