共犯者と、半分こ
なんで、そんなことを知っているのか。
ネルの問いに、俺はしばらく、答えられなかった。
川のせせらぎが、沈黙を埋めていく。
(……どう答える)
『前世の記憶があるから』なんて言えるわけがない。
かといって、適当にはぐらかせる空気でもなかった。
ネルは、割れた石を握りしめたまま、まっすぐに俺を見ている。
自分の一番大事なものを、今、目の前でさらけ出したばかりの顔で。
「……その前に、ひとつだけ言わせてくれ」
俺は、ネルの隣に腰を下ろした。
「その力、しばらくは人に見せないほうがいい」
「……は?」
ネルが、眉をひそめた。
「なんでよ。やっと……やっと、ハズレじゃないってわかったのに。ギルドの連中に見せてやれば、もう荷物持ちなんて――」
「石が割れた。枝も、流木も。昨日は、ゴブリンの脚も」
ネルの言葉を遮るように、俺は指を折っていく。
「じゃあ、鍵は? 鎧は? 金庫の扉は? 城の壁は?」
「……っ」
ネルの顔から、すっと血の気が引いた。
「どこまでほどけるのかは、まだわからない。でも、もし何でもほどけるんだとしたら――そんな力、欲しがる奴はいくらでもいる。盗賊も、悪い貴族も、もしかしたら国だって」
「……道具に、される」
「そういうこと。ネルのことなんか、どうでもいい連中にな」
ネルは、黙り込んだ。
握りしめた石に、視線を落とす。
その指が、白くなっていた。
「……わかった。見せない」
小さく、けれどはっきりと、ネルは頷いた。
それから、じとっとした目で、俺を横から睨みつける。
「で?」
「……で、って?」
「ごまかさないでよ。なんであんたが、そんなことまで考えつくのかって聞いてんの。石にほつれがあるかもなんて、普通、思いつかないでしょ。鑑定士だって、ギルドの誰だって、思いつかなかったのに」
琥珀色の目が、逃がさない、と言っていた。
(……だよな)
俺は、小さく息を吐いた。
この子は、自分の秘密を見せた。
一番弱いところを、目の前で。
それなのに、俺だけが何もかも隠したまま、『その力は隠せ』なんて偉そうに言うのは――さすがに、筋が通らない。
(全部は、無理だ。でも)
「……昨日のゴブリン。一体、勝手に転んだだろ」
「え? ああ……うん。運がよかったって、あんたが」
「あれ、俺だ」
「……は?」
俺は、ネルの足元の地面に、そっと右手をかざした。
米粒よりも小さな、弾力のある泡を、何十個も。
草の上に、音もなく敷き詰める。
「ちょっと、立ってみて」
「……なにするつもりよ」
ネルは訝しげな顔のまま、石から腰を上げ――。
――ツルンッ。
「ひゃっ!?」
片足が、あり得ない方向へ滑った。
ネルは見事に尻もちをつき、ふさふさの尻尾が、ぼふっと草の上に広がる。
「な、なに今の!? なんにもないのに、滑っ……!」
「泡だよ。すごく小さい泡を、地面に敷いたんだ。踏むと、丸太の上に乗ったみたいに転がる」
「泡って……あんたのスキル、【泡生成】……? 泡が出るだけの……」
「そう。泡が出るだけの、ハズレスキル」
俺は、川のほうへ向き直った。
今度は、指先ほどの泡をひとつ。
その中へ、爪の先ほどの【プチアクア】の水滴と、【プチフレイム】の種火を。
膜の厚みを整えて、川の真ん中へ、ふっと飛ばす。
――威力は、最小限に。
「耳、塞いでて」
「え――」
――ドンッ!!
川面の真ん中で、白い蒸気が弾けた。
腹に響く破裂音とともに、水面が大きくえぐれ、背丈ほどの水柱が噴き上がる。
ぱらぱらと降り注ぐ水しぶきの向こうで、驚いた小魚が、銀色に跳ねた。
「…………」
ネルは、尻もちをついたまま、口を開けて固まっていた。
狐耳が、根元から真っ直ぐに逆立っている。
尻尾は、倍くらいの太さに膨らんでいた。
「……ちび、たねび、じゃ……なかったの……?」
「種火が小さいのは本当だよ。ロウソク以下なのも」
俺は、少しだけ苦笑した。
「ただ、小さい火でも、閉じ込め方次第で、こうなる。……俺のスキルも、ハズレって言われたんだ。一歳の鑑定で。泡を出すだけの、残念なスキルだって」
「……だから、あんた」
ネルの声が、震えた。
「だから、あたしのスキルのこと……」
「同じだと思ったんだ。名前でハズレって決めつけられただけで、本当は、もっと色んなことができるんじゃないかって」
川面に広がった波紋が、ゆっくりと消えていく。
「このことは、誰も知らない。父さんも、母さんも。ネルが初めてだ」
「……なんで、あたしに」
「ネルが、自分の秘密を見せてくれたから。……それに」
少しだけ、言葉を探す。
「一人で隠してるの、結構しんどいんだよ。ギルドで笑われるたびに、『本当はな』って言いたくなるし」
ネルは、しばらく黙って俺を見つめていた。
それから、ふっと、肩の力を抜くように笑った。
――初めて見る、力の抜けた笑顔だった。
「……ばっかみたい。あんたも、あたしと同じじゃない」
「だろ?」
「つまり、これって」
ネルは、尻についた草を払いながら立ち上がった。
「あたしたち、お互いの秘密を握ってるってこと?」
「まあ、そうなるな」
「……共犯者ってわけね」
その言い方が妙にしっくりきて、俺は思わず吹き出した。
◇
「――それで、ここからが本題なんだけど」
川べりの石に並んで座り直して、俺は切り出した。
「ネル。俺と、パーティ組まないか」
ネルの狐耳が、ぴくりと動いた。
「……同情なら、いらないけど」
「同情じゃない。損得の話だ」
俺は、指を一本立てる。
「まず、素材。ネルが剥いだ毛皮は、どのパーティでも高く売れるんだろ? だったら、他人のパーティに荷物持ちの値段で安く使われる必要なんてない。俺たちで獲って、ネルが捌いて、俺たちで直接売ればいい」
二本目の指を立てる。
「次に、戦い方。ネルの目は、相手が止まってないと、糸を見るのに時間がかかる。で、俺は、相手を転ばせたり、足止めしたりするのが得意だ。俺が止めて、ネルが断つ。……たぶん、相性はかなりいい」
三本目。
「最後に、隠れ蓑。『チビ種火』と『荷物持ちの狐』の組み合わせなんて、ギルドの連中は誰も警戒しない。笑われてる間は、安全だ」
「……」
「で、取り分は、半分ずつ」
最後の一言で、ネルの尻尾が、びくんと跳ねた。
「……半分?」
「半分」
「剥ぎ取りの分も、込みで?」
「込みで。というか、剥ぎ取りも立派な仕事だろ」
ネルは、うつむいた。
ぎゅっと、膝の上で手を握りしめている。
しばらくして、絞り出すような声が聞こえた。
「……ほんとに、いいの? あたし、戦うの、まだ怖いし。目も、すぐ痛くなるし。足、引っ張るかも」
「引っ張られたら、引っ張り返すよ。俺だって、薬草の見分けもつかない新人だし」
「……それは、確かに」
「そこは否定してくれよ」
ネルが、小さく吹き出した。
それから、ぷいとそっぽを向いて、早口でまくし立てる。
「……い、言っとくけど! 取り分は、きっちり半分だからね。銅貨一枚でもごまかしたら、即解散だから。あと、あたしのほうが先輩なんだから、そこはちゃんと敬うこと。それから――」
「わかった、わかった」
「……っ、まだ言い終わってないんだけど!」
そう言いながら、ネルの後ろで、赤茶の尻尾が、ちぎれそうなくらい、ぶんぶんと揺れていた。
……本当に、正直な尻尾だ。
「じゃあ、よろしく。ネル先輩」
俺が右手を差し出すと、ネルは一瞬だけ、その手を見つめた。
それから、おずおずと、自分の手を重ねてくる。
針仕事で硬くなった、小さな指先。
ぎゅっと、思ったよりも強い力で、握り返された。
◇
夕暮れの帰り道。
並んで丘を下りながら、ネルがぽつりと言った。
「……ねえ」
「ん?」
「昨日、言ったでしょ。名前で呼ぶ分は、銅貨三枚に入ってないって」
「ああ、言ってたな。有料だって」
ネルは、少しだけ歩く速さを上げて、俺の一歩前に出た。
振り返らないまま、夕日に染まった狐耳だけを、こちらに向けて。
「……名前で呼ぶのは、タダにしてあげる」
ほんの少しの、間。
「――リト」
夕風に紛れてしまいそうな、小さな声だった。
俺が何か言い返すより早く、ネルは「ほら、置いてくわよ!」と、丘を駆け下りていく。
弾むような足取りに合わせて、尻尾が揺れていた。
目立ちたくない。
誰にも、この力を知られたくない。
そう思って、ずっと一人で隠してきた。
けれど今日、ひとつだけ、秘密を分け合う相手ができた。
「……待てよ、ネル!」
夕焼けの中を、俺は相棒の背中を追いかけて、駆け出した。
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