第9話 依頼
翌朝。
「カイムー!」
昨日と同じように、部屋の外からリゼットの声が聞こえる。
「起きてるー?」
「起きてるよ」
「じゃあ早く出てきて!」
「朝から元気だなぁ……」
俺は布団から出る。昨日は魔法の実験で疲れたはずなのに、リゼットは朝から元気いっぱいだ。俺は顔を洗って、食堂へ向かった。
「おはよー」
「おはよう」
すでにリゼットは朝食を食べ始めていた。
「カイム、これ美味しいよ」
「俺の分まで食うなよ?」
「食べてないよー」
「口にパンついてるぞ」
「え?」
リゼットが慌てて口元を拭う。
「ないじゃん!」
「引っかかったな」
「もう!」
リゼットが頬を膨らませる。
「朝から意地悪!」
「悪かったって」
朝起きたら話し相手がいる——少し不思議な感じだ。
「今日はどうする?」
「冒険者ギルド!」
リゼットは元気よく立ち上がった。
「新しい依頼、探そ!」
朝食を済ませ、俺たちは冒険者ギルドへ向かった。ギルドの中は朝から人が多い。
「今日も混んでるな」
「依頼を受ける人が多いんだね」
掲示板を見る。薬草採取、荷物の護衛、魔物の討伐。色々な依頼が貼られている。
「どれにする?」
「これ!」
リゼットが1枚の依頼書を取る。
「近くの村の護衛?」
「うん」
「魔物討伐よりは楽そうだな」
「楽そうだから選んだんじゃないよ」
「じゃあ何で?」
「村! 知らない場所に行けるから」
「ああ……」
なるほど。リゼットは本当に冒険が好きなんだな。
「じゃあ、これにするか」
「決まりだね」
俺たちは受付へ向かった。
「護衛依頼ですね」
「はい」
受付嬢が依頼書を確認する。
「目的地は王都から半日ほど離れた村です。最近、村の近くで魔物が目撃されているそうなので、少し注意してください」
「わかりました」
「それと――」
受付嬢が俺を見る。
「お二人だけで大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
俺が答える。
「昨日もホブゴブリンを倒してますから」
「ホブゴブリンを?」
「はい」
受付嬢がリゼットを見ると、リゼットは胸を張る。
「私、魔法は得意なので!」
「そうですか。では、気をつけて行ってきてください」
「はい!」
俺たちはギルドを出た。
「楽しみ〜」
「護衛だから、観光じゃないぞ」
「わかってるってば」
「本当に?」
「本当に」
「不安だなぁ」
王都の門を出る。村までは徒歩で半日。俺たちは並んで歩く。
「そういえばさ。カイムって前のパーティではどんな感じだったの?」
「前の?」
「聞いたよ。【星の剣】にいたんでしょ?」
「……」
俺は少し黙る。
「普通だったよ」
「普通?」
「ああ。4人で依頼を受けて、魔物を倒して、飯を食って……」
「楽しかった?」
「……まあな」
少しだけ胸が痛む。もう戻れない。でも――。
「今は今だ」
「そっか」
リゼットはそれ以上聞かなかった。しばらく歩いていると、村が見えてきた。
「あそこだな」
「おー!」
リゼットが駆け出す。
「おい、待て!」
「早く早く!」
「護衛対象を置いてくなよ!」
「ごめーん!」
やっぱり自由すぎる。
村に到着すると、依頼人らしい男性が俺たちを出迎えた。
「冒険者の方ですか?」
「はい」
「助かります。最近、村の近くで魔物が出るようになってしまって……」
「どんな魔物ですか?」
「それが……」
男性が困った顔をする。
「姿を見た者がいないんです」
「見てない?」
「はい。ただ、夜になると森の方から大きな音が聞こえてきて……」
「なるほどぉ」
リゼットが腕を組む。
「何かいるのは間違いなさそうだね」
俺たちは村にある宿へ案内された。今日はここで一泊するらしい。
「夜になったら森を見に行ってみる?」
「え?」
リゼットが俺を見る。
「行くの?」
「依頼だろ?」
「そうだったね。じゃあ夜まで休憩か」
「魔法の実験は禁止だからな」
念のため釘を差す。
「えぇ〜!」
「昨日、岩山を削っただろ」
「ちょっとだけだよ?」
「ちょっとじゃない」
「むぅ……」
リゼットが不満そうな顔をする。俺たちは宿で少し休んだ。そして夜。俺たちは村の外に出た。
月明かりだけが森を照らしている。静かだ。昼間とはまるで違う。
「何かいる」
「わかるのか?」
「魔力を感じる」
リゼットが杖を握る。
「かなり近い」
俺も周囲を見る。
「どこだ?」
「あっち」
リゼットが森の奥を指差す。俺たちは慎重に進んでいく。すると――。
——ガサッ。
「……!」
茂みが揺れた。
「来るよ!」
俺は【強化】を使う。
「【強化】!」
身体が軽くなる。次の瞬間。森の奥から、巨大な魔物が姿を現した。
「何だあれ……」
見たことのない魔物だった。4本の脚。鋭い爪。額には黒い角が生えている。
「リゼット、知ってるか?」
「知らない」
「え?」
「私も初めて見た」
リゼットが杖を構える。
「でも――」
魔物がこちらを睨む。
「多分かなり強いよ」
俺は拳を握る。
「丁度いい。新しい力を試せるじゃないか」
「それ、昨日からずっと思ってたけど。戦うの、結構好きになってない?」
「そうでもないよ」
魔物が地面を蹴った。その瞬間、森の奥——俺たちから少し離れた場所に、一瞬だけ人影が見えた。俺はそちらを見る。
「カイム?」
「いや……」
誰かいる。でも、次の瞬間にはもう消えていた。
「……気の所為か」
俺は魔物へ向き直る。今は目の前の敵に集中する。だが――。森の奥では、誰かが俺たちを見ていた。
「…………」
その人物は何も言わず、静かにその場を離れていった。




