第8話 実験
翌朝。
「カイムー! 起ーきーてー!」
「うーん……」
誰かの声が聞こえる。
「カイム〜!」
「うるさいなぁ……」
俺は布団から顔を出す。
「朝から何だよ……」
「何だよ……じゃないよ!」
目の前にはリゼットがいた。
「昨日の約束!」
「約束……?」
「魔法の実験!」
「ああ……」
そういえば、そんな話をしたな。俺は眠い目を擦りながら起き上がる。
「朝っぱらから元気だなぁ」
「だって楽しみなんだもん」
「俺はまだ眠いんだけど」
「顔洗ってきて! さあ早く! レッツゴー!」
「はいはい」
俺は言われるまま顔を洗う。そして朝食を済ませると、俺たちは王都の外へ向かった。
「それで、どこで試すんだ?」
「人がいない場所」
「まあ、それがいいな」
間違って何かを壊したら大変だ。俺たちは王都から少し離れた草原までやってきた。
「ここなら大丈夫そうだね」
リゼットが周囲を見渡す。
「よし!」
リゼットが杖を取り出した。
「まずは普通に魔法を使ってみるね」
「わかった」
「カイムはそこで見てて」
「了解」
リゼットが少し離れる。そして杖を前へ向けた。
「【ファイアボール】!」
杖の先から炎の球が飛んでいく。
——ドンッ!
少し離れた場所にある岩へ命中した。
「凄いな」
「でしょー?」
リゼットが得意そうに胸を張る。
「魔法は得意だからねー」
「でも、昨日はゴブリンに追い詰められてたよな」
「それは〜……」
リゼットが目を逸らす。
「ちょっと油断しただけ」
「本当か?」
「本当!」
「怪しいな」
「もう!」
リゼットが頬を膨らませる。
「はい、次!」
リゼットは深呼吸する。
「昨日の【強化】をかけてみて」
「わかった」
俺はリゼットへ手を向ける。
「【強化】」
淡い光がリゼットの身体を包む。
「……っ」
リゼットが目を見開く。
「やっぱり……昨日よりはっきりわかる。魔力が全然違う」
リゼットは自分の手を握ったり開いたりする。
「身体も軽い。魔力も凄く流れやすい。はいもう1回」
「あいよ」
俺はもう一度【強化】を使う。
「【強化】」
さらに強い光がリゼットを包む。
「わっ」
リゼットが固まった。
「今……」
リゼットが自分の身体を見る。
「強化が重なった?」
「普通は重ならないのか?」
「普通はね」
リゼットの顔がどんどん嬉しそうになっていく。
「同じ強化魔法を重ねても、効果が上書きされるだけなの」
「じゃあ今のは?」
「違う」
「何が違うんだ?」
「両方とも残ってる」
俺は自分の手を見る。
「俺のバフってそんなに変なのか」
「変」
「即答……」
「だって変なんだもん」
リゼットは楽しそうに笑う。
「もっと試してみよ!」
リゼットが杖を構える。
「【ファイアボール】!」
杖の先に炎が生まれる。さっきより明らかに大きい。
「おお」
「いくよ!」
炎の球が飛んでいく。
——ドゴォン!
岩が吹き飛んだ。
「…………」
俺は岩を見る。さっきまであったはずの岩が、半分くらいなくなっている。
「はえー」
「私もびっくり……」
リゼットが杖を見る。
「こんな威力、出したことない」
「バフのおかげなのか?」
「かもねー」
リゼットは少し考える。
「でも、それだけじゃないと思う」
「それだけじゃないって?」
「魔法を使ったときの感覚が全然違う」
リゼットが自分の胸元に手を当てる。
「魔力を無理やり動かしてる感じがしないの。今までは強い魔法を使うと、魔力を一気に消費してた。でも今は違う。魔力が自然に流れてくる」
「なるほどな」
「これなら」
リゼットが杖を握り直す。
「もっと強い魔法も使えるかも」
「あまり無茶はするなよ」
「大丈夫」
「昨日もそれ聞いた気がする」
「今回はちゃんと考えてるから」
リゼットは杖を空へ向けた。
「いくよ!」
杖の先に魔力が集まっていく。空気が震える。
「これ、ちょっとか?」
「【フレイムランス】!」
巨大な炎の槍が出現する。
「わお」
炎の槍が一直線に飛んでいく。
——ズドォォン!
遠くの岩山が大きく抉れた。
「…………」
「…………」
俺とリゼットは黙り込む。
「……やりすぎた?」
リゼットが恐る恐る聞いてくる。
「やりすぎたな。かなり」
俺たちは抉れた岩山を見る。
「でも……」
リゼットが呟く。
「凄い」
「何が?」
「魔法って、こんなに自由だったんだ」
リゼットは嬉しそうだ。
「今までずっと魔力の限界を気にしてた。今は違う」
リゼットが俺を見る。
「カイムのバフがあればもっと色んな魔法が使える」
リゼットは真剣な顔になる。
「私、もっと試したい」
「じゃあ、次は何を試す?」
昨日まで、自分のバフがこんな力を持っているなんて知らなかった。でも――今は少しだけ、この力を試すのが楽しくなってきている。
「次はもっと強いやつで。ただし、周りを壊すなよ」
「善処しまーす」
「絶対壊すやつだ……」
俺たちはそのまま、しばらく魔法の実験を続けた。そして、その日の夕方。
「疲れたわー」
俺は草原に座り込む。
「私はまだまだいけるけど?」
「嘘だろ……」
リゼットは本当に楽しそうだった。そんなリゼットを見ながら、俺は思う。昨日まで俺は、自分が誰かの役に立つことなんてないと思っていた。
今は俺のバフで誰かの力を引き出せる。それが少しだけ嬉しかった。
「私、決めた」
リゼットは俺を見る。
「もっとあなたのバフを研究する。だって絶対に何かあるもん」
「何かって?」
「わからないから研究するの。だから、一緒に冒険しながら調べようよ」
リゼットが手を差し出す。
「これからも一緒に行こうね」
俺はその手を見る。
「ああ」
その手を握った。
「よろしくな、リゼット」
「こちらこそ!」
ふと、視線を感じた。周りを見回しても俺とリゼット以外には誰もいない。気の所為だろうか。




