第10話 魔物
「グルルルル……」
目の前の魔物が低く唸る。改めて見ると、かなり大きい。普通のウルフよりも一回りは大きく、額から生えた黒い角が月明かりに照らされていた。
「いけそうか?」
「勿論!」
リゼットが杖を構える。
「その前に」
俺はリゼットへ手を向ける。
「【強化】」
淡い光がリゼットを包む。
「よし」
「やっぱり凄いね、これ」
「もう1回いくぞ」
「おっけー」
「【強化】」
さらに淡い光がリゼットを包む。
「ふふっ。魔力が溢れてくるこの感じ、結構好きかも」
魔物が動いた。
「来るよ!」
黒い巨体が地面を蹴る。
「速っ!?」
俺は横へ飛んだ。
——ドゴォン!
さっきまで俺がいた場所に、魔物の爪が振り下ろされる。
「危な……!」
「【ファイアボール】!」
リゼットの炎が魔物へ飛ぶ。
——ドォン!
「グルルルッ!」
魔物が炎を受けながらも止まらない。
「効いてないのか!?」
「効いてる! でも硬い!」
「めんどくさいな!」
魔物が再び俺へ飛びかかってくる。
「だったら!」
俺は拳を握る。
「こっちも強化だ」
「【強化】!」
身体に力が流れ込む。俺は地面を蹴った。
「おおおっ!」
魔物の爪を避け、その横へ回り込む。そして。
——ドゴォン!
拳を叩き込んだ。
「グォォッ!?」
魔物の身体が横へ吹き飛ぶ。
「よし!」
しかし、魔物はすぐに体勢を立て直した。
「マジかよ」
普通のウルフならこれで終わっていた。こいつは明らかに違う。
俺は魔物との距離を取る。
「リゼット、何かわかるか?」
「ちょっと待って!」
リゼットが魔物を見る。
「魔力が変。魔物の中にある魔力とは違う」
「どういうことだ?」
「うーん、何かが混ざってる?」
リゼットが首を傾げる。よくわからない。だが、普通の魔物ではないらしい。
「ま、倒してから調べればいいっしょ」
リゼットが杖を掲げる。
「少し時間がほしい!」
「任せろ!」
俺は魔物の前へ出る。
「お前の相手は俺だ!」
「グルルルッ!」
魔物が俺へ突っ込んでくる。速い。だが、今の俺なら見える。
「遅い!」
爪を避ける。反対側へ回り込む。
——ドゴォン!
蹴りを腹へ叩き込む。
「グォッ!」
魔物がよろめく。そこへ。
「カイム!」
リゼットの声が聞こえた。
「離れて!」
俺はすぐに距離を取る。リゼットの杖の先には、巨大な魔力が集まっていた。
「今度は加減するから」
「できるのか?」
「多分ね!」
「不安しかない」
リゼットが杖を前へ向ける。
「【フレイムバースト】!」
巨大な炎が魔物へ向かう。
——ドゴォォン!
「グォォォォッ!」
炎が森を照らす。熱風が俺のところまで届いた。
「熱っ!」
炎が消える。そこには。
「……どうだ?」
魔物はまだ立っていた。
「嘘だろ」
「硬すぎでしょ」
リゼットも驚いている。魔物の身体には大きな傷がついている。だが、倒れていない。
「グルルル……」
魔物がゆっくりとこちらを見る。そのとき、魔物の額にある黒い角が光り始めた。
「下がって!」
リゼットが叫ぶ。次の瞬間、黒い角から何かが放たれた。
「っ!」
俺は咄嗟に横へ飛ぶ。
——ズドォン!
地面が大きく抉れた。
「今の魔法か!?」
魔物がさらに黒い光を集める。
「もう一発来る!」
俺は地面を蹴る。黒い光が放たれる。だが。
「【強化】!」
俺はさらに自分を強化した。身体が軽くなる。黒い光を避けながら、一気に魔物との距離を詰め、拳を振り上げる。狙うのは。
「あの角だ!」
——バキィン!
「グォォォォォッ!?」
拳が黒い角へ命中した。角に亀裂が入る。
「もう一発!」
俺は再び拳を握る。
——ドゴォン!
黒い角が砕けた。
「グォォッ……!」
魔物の身体から黒い魔力が溢れ出す。
「離れて!」
俺はすぐに後ろへ飛ぶ。黒い魔力が空へ消えていく。そして——魔物の身体がゆっくりと倒れた。
——ズンッ。
「やったか」
俺たちはしばらく動かなかった。魔物が完全に動かなくなったのを確認してから、近づく。
「うーん」
リゼットが魔物を調べる。
「これは普通じゃない」
リゼットが砕けた黒い角の破片を見る。
「何かの魔道具みたい。魔物が使うものじゃないけど」
「誰かが付けたとか?」
「その可能性はあるね」
俺とリゼットは顔を見合わせる。
「誰がそんなことを?」
「さぁ」
リゼットが真剣な顔をする。
「でも、気になることがある」
「何?」
「昨日」
リゼットが俺を見る。
「視線を感じなかった?」
「ああ」
「私も。昨日の草原で、何となく誰かに見られてる気がした」
偶然じゃないのか? 昨日から、誰かに見られている。そして今日、この妙な魔物が現れた。
「まさか……」
リゼットが周囲を見る。
「誰かが私たちを見てる」
森の中に、静寂が戻る。さっきまで聞こえていた虫の鳴き声すら、今はやけに遠く感じた。
「……帰るか」
「そうだね」
俺たちは村へ戻ることにした。
「ねえ、気になってたんだけど。あなた、魔物と戦うの慣れてきたでしょ」
「まあ、ずっとパーティで戦ってたからな」
「でも前は前衛じゃなかったんでしょ?」
今まで俺は、アルトたちの後ろにいた。前に出る必要なんてなかった。でも今は違う。自分で考えて、自分で動く。それが不思議と楽しい。
「案外向いてるのかもな、冒険者」
その夜。村の宿へ戻った俺たちは、魔物についてギルドへ報告するための準備をしていた。
村から少し離れた森の中。
「…………」
1人の人物が立っていた。その人物の手には、黒い角のような物が握られている。
「失敗したか」
低い声が森に響く。
「だが、確認はできた」
人物は静かに笑う。
「やはり、あの青年の力は本物だ。もう少し調べる必要があるな」
その人物は闇の中へ消えていった。




