第6話 邂逅②
「本当にただの冒険者なの?」
少女が訝しげに呟く。
「ただの冒険者だよ」
俺が答えると、少女は不思議そうな顔をした。
「変なの」
「そんなに変か?」
「そんなに変だよ。普通の冒険者はゴブリンを素手で吹き飛ばしたりしないから」
「それは……まあ」
返す言葉がない。確かに、昨日から自分でもおかしいと思っている。俺は今まで、自分が弱いと思っていた。それなのに、自分に【強化】を使った途端、身体能力がまるで別人みたいになった。
俺は倒れているゴブリンを見る。
「それより大丈夫か?」
「全然平気。助けてくれてありがとう」
少女は立ち上がる。改めて見ると、かなり綺麗な少女だった。腰まで伸びた長く赤い髪。整った顔。身につけている服も、普通の冒険者が着ているものとは少し違う。
「君、名前は?」
「私?」
少女が少し驚いた顔をする。
「私はリゼットだけど」
「リゼット?」
「そ。リゼット・アークライト」
リゼット……いい名前だ。
「俺はカイム。それで、リゼットはなんでこんなところにいたんだ?」
「魔物の調査」
「調査?」
リゼットは頷き、腰に下げていた小さな鞄を見せる。
「私は魔法を勉強してるの」
「魔法使いなのか?」
「そうだよっ」
リゼットは胸を張った。
「こう見えて王都魔法学院の生徒だよっ」
「魔法学院……」
王都魔法学院——魔法を学ぶ人間なら誰もが知っている場所だ。魔法使いを目指す者が集まり、優秀な魔法使いを数多く輩出している。
「じゃあ魔法に詳しいのか」
「当然!」
リゼットが即答した。
「私、魔法のことなら誰にも負けないから」
リゼットはドヤっと笑う。
「自信満々だな」
「本当だよ?」
「へぇ」
「信じてないでしょ!」
「いや、信じてるって」
「絶対信じてない!」
さっきまで魔物に襲われていたとは思えないくらい元気だ。
「ところで、魔法学院の生徒が何で1人でこんな森に?」
「それは……ね」
リゼットが少しだけ目を逸らした。
「実地調査」
「本当に?」
「本当」
「……」
「ほ、本当だから!」
妙に怪しい。でも、俺には関係ない。
「そうか」
「そうそう」
リゼットがほっとしたように笑う。そのときだった。
「グォォォォ!」
森の奥から、再び咆哮が響いた。
「来たな」
俺は前を見る。木々の向こうから、大きな魔物が姿を現した。
「ホブゴブリン……!」
リゼットの顔から笑みが消える。
「あれは危険だね」
「そうなのか?」
「普通のゴブリンとは全然違う」
「へえ、どれくらい?」
「少なくとも、さっきのゴブリンとは比べものにならない」
リゼットは杖を構える。
「私も戦うよ」
「いいのか?」
「魔法学院の生徒だからね。戦えるからね。それに、助けてもらったままっていうのも嫌だし。仮は作りたくないタイプだからさ」
「わかった」
俺も拳を握る。
「一緒に戦おう」
ホブゴブリンが斧を振り上げる。
「グォォォ!」
「今だ!」
俺は地面を蹴った。
「【強化】!」
身体に力が流れ込んでくる。一気に距離を詰める。
「はあっ!」
拳を振る。
——ドゴォン!
「グォッ!?」
ホブゴブリンの身体が大きく後ろへ吹き飛んだ。
「…………」
リゼットが固まる。
「えっ」
「どうしたんだ?」
「今……何したの?」
「殴った」
「見ればわかるよ!」
ツッコまれた。
「それ、魔法だよね?」
「ああ……バフのこと?」
「やっぱり」
リゼットの目が変わった。さっきまでの驚きとは違う。まるで何かを研究するときのような目だった。
「ちょっと待って」
「へ?」
「もう一回使って」
「何で?」
「いいから!」
「んー、まあいいけど」
俺は再び【強化】を使う。
「【強化】」
身体に力が流れ込む。リゼットは俺の身体をじっと見つめている。
「…………」
「何?」
「やーっぱり」
「何が?」
「魔力の流れがおかしい。普通の強化魔法じゃない」
リゼットが近づいてくる。
「身体能力だけじゃない。魔力の循環そのものが変化してる」
「えっと、よくわからないんだけど……」
「それに――」
リゼットは俺の手を見る。
「強化率も普通じゃない」
「強化率?」
「普通のバフなら、ここまで身体能力を上げられない」
「マジ?」
「マジ」
リゼットは少し興奮したように言った。
「さては、自分のスキルについて何も知らないんでしょ?」
「魔法に詳しいんだな」
「私、魔法の勉強だけは誰にも負けないから」
「本当に魔法が好きなんだな」
「そうだよ、大好きだよ!」
即答だった。そして、リゼットは杖を構える。
「気をつけて。今はあいつを倒さないと」
「そうだな」
俺もホブゴブリンを見る。さっきの一撃で倒れてはいない。むしろ、怒りに満ちた目でこちらを睨んでいる。
「来るぞ」
「任せて!」
リゼットが杖を掲げる。
「【ファイアランス】!」
巨大な炎の槍が放たれる。
——ズドォン!
ホブゴブリンが吹き飛ぶ。
「凄えな」
「どう?」
リゼットが得意そうな顔をする。
「私、強いでしょ?」
「そう思う」
「でしょ!」
リゼットが嬉しそうに笑う。その瞬間、俺は初めて思った。この子と一緒なら――今までとは違う冒険ができるかもしれない。俺にはもうアルトたちはいない。でも、新しい仲間を作ることはできる。
「リゼット」
「何?」
「この依頼が終わったら、一緒に王都へ戻らないか?」
「別にいいけど?」
リゼットはにやりと笑った。
「その代わり――あなたのバフについて詳しく教えてね」
「それは……考えておく」
「絶対だからね」
森の中に、少女の笑い声が響いた。




