第48話 帰省⑨
何故だ。何故この村は俺をお兄ちゃんにしたがるのだ。しかも今度は全員ロリである。昨日から何度も繰り返されているこのやり取りも、ここまで来ると俺の方が間違っているような気がしてくる。しかし俺には兄弟がいない。少なくとも、俺の記憶には存在しない。だからこの村人たちが俺の妹だという事実は絶対に受け入れられない。村人たちはそんな俺の苦悩など知ったことではないらしく、次々と俺へ近づいてくる。俺は逃げた。逃げなければ囲まれる。囲まれたら終わりだ。俺の精神が。
そんなとき、川の方からリゼットが走ってきた。両手で何かを抱えている。俺は嫌な予感しかしなかった。この村では、川から何かを拾ってくるだけで十分に事件になる。普通の魚なら問題ない。しかし今の村で普通のものが出てくる可能性は限りなく低い。リゼットは嬉しそうな顔で俺のところまで走ってくると、その抱えていたものを俺へ見せた。そこにいたのは、一人の男だった。スーツを着て、ネクタイを締め、革靴まで履いている。だが、身体のすべてが金色だった。髪も顔も服も手も足も、何もかもが金色に輝いている。まるで金色の塗料を全身に塗ったような姿だ。しかし顔だけは普通の日本人サラリーマンに見えた。
「カイム! 拾った!」
「何を拾ってるんだ!」
「人!」
「人を川で拾うな!」
「だって流れてきたから!」
「流れてきた人間を普通は拾わないんだよ!」
「でも、この人金色だよ?」
「見ればわかる!」
男がゆっくり目を開けた。そして俺たちを見る。しばらく周囲を確認したあと、何故か非常に冷静な声で呟いた。
「……ここはどこでしょうか?」
「異世界です」
「そうですか」
「驚かないんですか?」
「驚いている暇がありません」
男は腕時計を確認した。腕時計まで金色だった。
「仕事がありますので」
「仕事?」
「はい」
「あなた、日本人ですよね?」
「そうです」
「サラリーマン?」
「はい」
「何で金色なんですか?」
「わかりません」
「そこはわからないんですね」
「川に落ちたところまでは覚えています」
男は立ち上がった。全身が太陽のように輝き、俺は思わず目を細める。村人たちも興味深そうに金色の男を眺めていたが、男はそんな視線を気にする様子もない。
「田中です」
「田中さん?」
「はい。田中です」
「じゃあ金色の田中さんですね」
「そうなりますね」
田中さんは腕時計を見る。
「帰らないと」
「日本へ?」
「はい」
「どうやって?」
田中さんは空を見上げた。そこには、さっき牛が飛び込んでいったものと同じような空間の裂け目が浮かんでいる。
「あそこから帰れそうです」
「そんな簡単に?」
「仕事がありますから」
「仕事があると異世界からでも帰れるんですか?」
「帰らないと上司から電話が来ます」
「それは帰った方がいいですね」
田中さんは俺たちに頭を下げた。
「拾っていただいてありがとうございました」
「いえ」
「リゼットさんもありがとうございました」
「どういたしまして!」
「では」
田中さんは空間の裂け目へ歩いていく。俺は思わず声をかけた。
「田中さん!」
「はい?」
「異世界に来た感想は?」
田中さんは少しだけ考えた。
「有給を取ってから来たかったです」
「そうですか」
「では、仕事がありますので」
金色の田中さんは、そのまま日本へ帰っていった。空間の裂け目が閉じる。広場には静寂が戻った。俺はしばらく空を見上げていた。金色のサラリーマンが川から流れてきて、仕事があるから日本へ帰っていった。それだけだった。説明しろと言われても説明できない。しかし、この村ではもうそれが普通になりつつある。
「田中さん、忙しかったね」
「そうだな」
「金色だったね」
「そうだな」
「サラリーマンだったね」
「そうだな」
俺は深く息を吐く。そして隣を見る。俺の身体をした河童がいる。周囲にはロリになった村人たちがいる。リゼットは満足そうに川を眺めている。
「……帰省って何だっけ」
「お兄ちゃん!」
「違う!」
「カイムお兄ちゃん!」
「違うって言ってるだろ!」
俺は逃げ出した。ロリになった村人たちが追いかけてくる。後ろから河童村長まで走ってくる。
「カイム!」
「何ですか!」
「俺も走るぞ!」
「勝手にしてください!」
「俺は魔法少女だ!」
「河童です!」
「魔法少女!」
「河童!」
「魔法少女!」
「河童!」
「どっちなんだ!?」
「俺に聞くな!」
村の中を俺と河童村長が走り回る。村人たちは笑いながら追いかけてくる。リゼットも楽しそうについてくる。昨日までなら、この状況を見て俺は頭を抱えていたかもしれない。しかし今はもう違う。俺はすべてを諦めていた。村人全員がロリでもいい。俺の身体が村長でもいい。村長が河童でもいい。牛が日本へ渡米していてもいい。金色の田中さんが仕事のために日本へ帰ってもいい。もう何でもいい。ただ一つだけ願うなら、俺の身体を使っている村長には、これ以上余計なことをしてほしくない。
そう思った直後、河童になった村長が何かを思いついたように立ち止まった。
「カイム!」
「今度は何ですか!」
「河童なら川に入れるぞ!」
「入らないでください!」
「泳いでみよう!」
「俺の身体で!」
「そうだ!」
「絶対にやめてください!」
村長は笑った。
「大丈夫だ!」
「その台詞は禁止です!」
そして河童になった村長は、俺の身体のまま川へ飛び込んだ。
「うおおおおおお!」
盛大な水しぶきが上がる。俺はその場で頭を抱えた。




