第47話 帰省⑧
俺は村長だった。正確に言えば、身体は村長で中身は俺だった。そして俺の身体の中には村長が入っている。何を言っているのかわからないと思うが、俺もわからない。つい数分前まで俺は自分の身体で普通に生きていたはずなのに、今では目の前に俺の顔をしたおっさんが立っていて、そいつが俺の身体を勝手に使っているという意味不明な状況になっている。しかも、その俺の身体を使っているのが昨日まで普通に村長をしていた男なのだから、状況を理解しようとするだけ無駄なのだろう。さらに言えば、村人全員が俺の妹になっている。牛まで俺の妹だった。さっきその牛は空に現れた裂け目へ飛び込んで日本へ渡米していった。リゼットは羽つき人参を怖がっている。いや、一度は克服したらしいが、たぶんまだ怖がっている。そして俺は村長になった。ここまで来ると、もはや何が正常なのかすらわからない。そんな俺の前で、俺の身体を借りた村長が妙に真剣な顔をしていた。
「カイム!」
「何ですか」
「俺たち、元に戻る方法を探そう!」
「それは賛成です」
「だろう?」
「ただし、あなたが俺の身体で変なことをしないという条件付きで」
「わかった!」
村長は俺の身体で大きく頷いた。嫌な予感がした。こういうときの村長は、だいたい何かをやらかす。俺は今までの経験からそう確信していた。しかも今の村長は俺の身体を使っている。つまり、これから何かやらかされた場合、見た目だけなら完全に俺がやったことになる。それだけは絶対に避けたい。俺は警戒しながら村長を見ていたが、村長はそんな俺の心配など知らない様子で、両手を腰に当てて胸を張った。そして、何故か昨日魔法少女になったときと同じようなポーズを取り始める。
「愛と希望の魔法少女!」
「やめてください」
「変身!」
「だからやめろって言ってるでしょう!」
村長の身体、ではない。俺の身体が光に包まれた。まぶしい光が村の広場を照らし、俺は思わず腕で目を覆った。周囲の村人たちから歓声が上がる。どうしてこいつらはこんな状況を楽しめるのだろう。普通ならもっと慌ててもいいはずだ。俺と村長が入れ替わっているだけでも十分におかしいのに、その直後に変身まで始まったのである。ところが村人たちは嬉しそうに拍手をしている。やがて光が弱まり、俺は恐る恐る目を開けた。そして、固まった。
「…………」
「…………」
俺の身体が立っていた。だが、俺の身体ではなかった。頭には皿が乗っていた。背中には甲羅があり、手には水かきがついている。口元は妙に大きくなっており、全身が緑色になっていた。俺の顔をした河童が、広場の真ん中で胸を張っている。
「…………村長?」
「違う!」
「じゃあ何ですか?」
「俺だ!」
「村長ですよね?」
「そうだ!」
「河童じゃないですか」
「俺は魔法少女だ!」
「どう見ても河童です」
「なぜだ!」
村長は自分の身体を確認するように腕を動かし、それから頭の皿を触った。皿はどう見ても河童の皿だった。俺は深く息を吐いた。昨日なら絶対に驚いていただろう。しかし今日は違う。俺はもう、この村で起こることにいちいち驚くのをやめていた。村人全員が妹になった時点で何かが壊れ、牛が日本へ渡米した時点で完全に諦めた。村長が魔法少女になったところまではまだ理解できたが、俺の身体を使った瞬間に河童になったことで、いよいよこの世界の理屈そのものが崩壊したのだ。
「村長」
「何だ!」
「似合ってますよ」
「本当か!?」
「嘘です」
「おい!」
河童村長が俺へ詰め寄ってくる。俺の顔をした河童が俺に怒鳴っているという光景は、客観的に見ればかなり面白いのだろう。しかし俺には笑う余裕がなかった。何しろ俺の顔なのである。俺が河童になったようにしか見えない。これをあとで誰かに説明したとしても、たぶん信じてもらえないだろう。というか俺自身が信じていない。
「どうやったら戻るんですか?」
「知らん!」
「またそれですか」
「俺は魔法少女の力を使っただけだ!」
「その結果が河童でしょう」
「途中段階なんだ!」
「何への途中段階ですか?」
「魔法少女への途中段階だ!」
「河童から魔法少女になるんですか?」
「そうだ!」
「絶対に嫌です」
「なぜだ!」
「俺の身体だからですよ!」
その瞬間だった。村の中心から再び光が放たれた。俺と村長は同時にそちらを見る。巨大な魔法陣が空に浮かび、村全体を包み込むように光が広がっていく。俺はもうため息しか出なかった。どうせまた何か起こる。そう思っていた。案の定、光は村人たちへ降り注ぎ、次々とその姿を変えていった。背が縮み、身体が小さくなり、服までそれに合わせて変化していく。さっきまで普通の大人だった村人たちが、みるみるうちに幼い姿へ変わっていった。男も女も関係ない。老人も若者も関係ない。村長だけはすでに河童なので変化がわかりにくかったが、少なくとも俺が見る限り、村にいた人間は全員ロリになっていた。広場に並ぶ小さな村人たちは、何故か誰一人として混乱していない。それどころか、全員が俺を見るなり笑顔になった。
「お兄ちゃん!」
「違う」
「お兄ちゃん!」
「だから違う」
「カイムお兄ちゃん!」
「名前を足しても違う!」
「お兄ちゃん!」
「もういい!」
俺は頭を抱えた。




