第46話 帰省⑦
村人全員が俺の妹であり、牛まで妹だったという衝撃の事実が判明してから数時間が経過していたが、俺は未だにその情報を受け入れることができずにいた。そもそも俺には兄弟がいないはずだし、この村に住んでいる人間が全員俺の妹だという理屈も意味がわからない。さらに言えば、村長までロリになっているため、村全体を見渡すと俺より年上に見える人間がほとんどいなくなっていた。村人たちは何故か嬉しそうに俺のことをお兄ちゃんと呼んでくるし、俺が否定しても「お兄ちゃんは照れ屋さんだから」と勝手に納得するため、もはや訂正することすら諦めている。
「お兄ちゃん」
「違う」
「お兄ちゃん」
「違う」
「カイムお兄ちゃん」
「名前を足しても違う」
俺は村の広場に座り込んでいた。隣にはリゼット、そして妹になったらしい牛がいる。
「モォ〜」
「お前は普通に牛でいてくれ」
「モォ?」
「俺の妹じゃなくていい」
「カイム」
リゼットが俺を見る。
「もう受け入れたら?」
「何を?」
「妹たち」
「受け入れられるわけないだろ」
「でもみんな嬉しそうだよ」
村人たちを見る。確かに全員笑っていた。俺がこの村を離れてから長い時間が経っているため、久しぶりに帰ってきた兄を歓迎しているということなのかもしれない。しかし問題は、俺にそんな記憶が一切ないことだ。
「記憶を改竄された可能性がある」
「そんな深刻な話だったの?」
「俺は真剣だ」
そのとき、村の中心から何かが光り始めた。
「……何だ?」
空に巨大な魔法陣が現れる。
「またか」
俺はもう驚かなかった。最近、この村では何が起きても驚かないことにしている。すると、村長が立ち上がった。
「おお……」
「どうしました?」
「来た」
「何がですか?」
「力が」
「何の?」
「わからん!」
「じゃあ座っててください」
村長の身体が突然光り始める。
「うおおおおおお!」
「村長?」
「何か来る!」
「何が!?」
光が村長を包む。
——キュイィィィン!
「眩しっ!」
俺は目を覆った。光が消えたあと、恐る恐る村長の方を見る。
「…………」
「…………」
村長は魔法少女になっていた。ピンク色のフリフリした衣装。背中には小さな羽。手には星の形をした杖。
「どう?」
村長が聞いてくる。
「どうって?」
「似合ってるか?」
「聞くな」
「似合ってるだろ!」
「自信満々だな」
ロリの姿になっているせいで、見た目だけなら完全に魔法少女だった。しかし中身は昨日まで村長をしていたおじさんである。
「カイム!」
村長が杖を掲げる。
「俺に力が宿った!」
「そうですか」
「何だその反応!」
「もう何が起きても驚かないって決めたんで」
村長が杖を振る。
「変身!」
「もう変身してるだろ」
「もう1回!」
「やめろ」
村長がその場でくるくる回り始めた。
「愛と希望の魔法少女!」
「村長」
「マジカル村長ちゃん!」
「名前が終わってる」
「マジカル村長ちゃん参上!」
「誰か止めろ」
村人たちは拍手していた。どうやら誰も止める気はないらしい。
「かわいいー!」
「村長ちゃん最高!」
「お兄ちゃんも変身して!」
「しない」
そのとき、空から何かが落ちてきた。
——ズドォン!
「……」
広場の中央に巨大な人参が突き刺さる。しかし普通の人参ではない。背中に羽が生えていた。
「…………」
「羽つき人参だ」
リゼットの顔色が変わった。
「何で?」
「昔から苦手なの」
「人参が?」
「羽つき人参が!」
「限定的だな」
羽つき人参が地面から抜ける。そして羽を広げた。
「キュピー!」
「鳴いた」
リゼットが俺の後ろへ隠れる。
「カイム……」
「どうした?」
「怖い」
「羽つき人参が?」
「うん」
「魔物より?」
「こっちの方が怖い」
羽つき人参がこちらへ飛んでくる。
「キュピー!」
「うわあああ!」
リゼットが叫ぶ。
「カイム助けて!」
「落ち着け!」
「無理!」
すると、魔法少女になった村長が前へ出た。
「待て!」
杖を掲げる。
「俺がいる!」
「村長が?」
「魔法少女だ!」
「そこ重要ですか?」
「重要だ!」
村長は杖を空へ向ける。
「マジカル――」
「名前を言う前に撃ってください」
「マジカルスター!」
杖から光が放たれる。
——パァァン!
羽つき人参へ命中した。
「キュピー!?」
人参が空中で回転し、そのまま地面へ落ちた。
「倒した?」
リゼットが恐る恐る顔を出す。
「……」
羽つき人参は動かない。
「倒したな」
「やった!」
リゼットが俺の後ろから出てくる。
「もう怖くない!」
「本当か?」
「うん!」
リゼットは羽つき人参へ近づいた。
「今までずっと怖かったけど……」
少しだけ緊張した顔をする。
「よく見たら、普通の人参だね」
「羽ついてるけどな」
「でも大丈夫!」
リゼットは胸を張った。
「私、克服した!」
「何よりだ」
俺は拍手する。
「おめでとう」
「ありがとう!」
すると羽つき人参が急に動いた。
「キュピー!」
「うわああああ!」
リゼットが俺へ飛びついてきた。
「克服してないじゃん!」
「今のはびっくりしただけ!」
「泣いてるぞ」
「泣いてない!」
その横で、牛が羽つき人参をじっと見ていた。
「モォ〜」
「パン」
「モォ?」
「いや、牛だった」
俺が名前を間違えると、牛が少し悲しそうな顔をした。
「悪い悪い」
俺は頭を撫でる。
「お前は牛だ」
「モォ〜」
そのとき、牛の身体が光り始めた。
「何だ?」
「モォォォ!」
牛が空を見上げる。巨大な魔法陣が空に現れた。
「おい」
「また?」
村長が杖を握る。
「俺の魔法か?」
「違うと思います」
「モォォォォ!」
牛の身体が浮き上がった。
「え?」
「牛?」
「モォ!」
「待て待て!」
牛がどんどん空へ上がっていく。
「何で飛ぶんだよ!」
俺は牛を追いかける。
「お前どこ行くんだ!」
「モォォォ!」
牛は空へ向かって鳴く。
すると空間が裂けた。その向こうには、見覚えのない景色が広がっていた。高い建物。大量の車。そして。
「……日本?」
俺は思わず呟く。何故かわかった。そこに見えていたのは。俺が元いた世界だった。
「牛が……」
リゼットが呟く。
「日本に行っちゃうよ?」
「いや」
俺は空を見る。
「日本へ渡米するらしい」
「どっち!?」
「わからん!」
牛は一度こちらを見る。
「モォ〜」
「戻ってこい!」
「モォ!」
しかし牛は答えず、そのまま空間の裂け目へ飛び込んだ。
——シュン!
「…………」
空間が閉じる。俺たちはしばらく空を見ていた。
「牛、行っちゃったね」
リゼットが言う。
「ああ」
「日本へ渡米したね」
「俺も今おかしいと思った」
俺は深く息を吐く。
「……元気でな」
昨日まで俺の後ろをついてきていた牛は、突然異世界へ旅立った。
俺はもう二度と会えないのかもしれない。
「寂しい?」
リゼットが聞く。
「少しな」
俺は笑う。
「変なやつだったけど」
そのとき、村長が俺を見る。
「カイム」
「何ですか」
「俺も寂しい」
「そうですか」
「何だその反応!」
村長が俺の肩を掴んだ。
「俺だって牛と仲良くしたかった!」
「昨日まで牛に興味なかったでしょう」
「今はある!」
「遅いですよ」
村長が泣き始める。
「牛ぃぃぃ!」
「急に感情が重いな」
その瞬間、村長の杖が光った。
「……あ?」
「村長?」
杖から光が溢れる。俺と村長を包み込む。
「何だこれ!?」
「俺が聞きたい!」
「魔法止めてください!」
「止め方知らん!」
光が強くなる。
——バァァン!
「……」
光が消えた。俺は自分の手を見る。何かがおかしい。手が小さい。
「…………」
俺はゆっくり隣を見る。そこには俺がいた。
「え?」
「……え?」
俺の姿をした村長。村長の姿をした俺。俺たちは同時に叫んだ。
「入れ替わってるぅぅぅ!?」
村人たちが集まってくる。
「お兄ちゃん?」
「俺だ!」
「村長ちゃん?」
「俺だ!」
「どっち?」
「俺もわからん!」
リゼットが俺たちを見比べる。
「えっと……」
そして。
「面白い!」
「面白がるな!」
俺は自分の姿になった村長を見る。村長は俺の顔を触っていた。
「若い……」
「触るな!」
「肌が綺麗だ!」
「やめろ!」
「俺、カイムになった!」
「俺が村長になった!」
「最悪だ!」
俺は村長の小さな手を見る。
「どうやって戻るんだよ!」
「知らん!」
「またそれか!」
村長の姿になった俺と、俺の姿になった村長。牛は日本へ渡米し。リゼットは羽つき人参を克服した。そして俺は村長になった。
「……帰省って何だっけ」
俺は遠い目をした。その隣で、俺の姿をした村長が笑っていた。
「カイム!」
「何だ」
「腹減った!」
「自分の身体で言え!」




